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オオサカタロウ
オオサカタロウ
novelistID. 20912
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Locusts

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「橋本さん、どいて。これはマジ」
 橋本は首を横に振った。掛井が制止しようと手を伸ばしたことに気づいて、青鬼は銃口を初めて人に向けた。
「やめとけよ、掛井さん。あんたが手引きしたんやろ。ようやってくれたわ」
「家村くん」
 掛井に本名を呼ばれて、青鬼は顔をしかめた。その名前は、今こそ捨てるべきなのだ。色がついているとはいえ、せっかく『鬼』というあだ名を拝借しているのだから、それに見合った働きをしなければならない。
「名前で呼ぶなや」
 青鬼が呟くように言ったとき、正面入口のドアが開いた。
 ポン松は、足を踏み入れた瞬間に状況を理解し、すぐ後ろに立つ真希子に肘打ちを食らわせて、振り向きざまに頭突きを入れた。真希子が後頭部を柱に打ち付けて尻餅をつき、前に向き直ったポン松は川手を突き飛ばして地面に倒した。橋本はポン松がこじ開けたひとり分の空間をめがけて、敦史の手を引きながら駆け出した。青鬼が銃口を振り、敦史の背中を捉えて引き金を引いたとき、撃鉄が落ちるまでの瞬間に掛井が滑り込み、鼓膜を破るような銃声が鳴った。青鬼は自分が撃った一発が掛井の胸に穴を空けたことに気づいて、後ずさった。
「なんで庇うねん……」
 青鬼が呟いて、掛井が地面に倒れ込んだとき、橋本は川手の手を引いて起こすと、言った。
「逃げるで!」
 ポン松と視線を交わすと、橋本は何も言わずに二人の手を引いた。敦史の手が離れかけて振り返ったとき、敦史が瑠奈の方を向いて手を伸ばしているのが見えた。
「瑠奈、来い」
「後で行く」
 瑠奈はそう言うと、敦史の手を振り払った。目の前に、うつ伏せに倒れて死んだ掛井を見下ろしている青鬼がいる。瑠奈はジャージのポケットでずっと出番を待っていたナイフを抜いて構えると、青鬼の首めがけて投げた。刃が首の組織にまっすぐ突き刺さり、青鬼は拳銃を持ったままよろめくと、木之元の隣に仰向けに倒れた。真希子が柱に掴まりながら立ち上がると、血まみれの顔を瑠奈に向けた。
「あいつら、捕まえるで」
 瑠奈がステップワゴンの鍵を渡すと、真希子はレディスミスを瑠奈に差し出した。橋本と川手、そして敦史。三人が遠ざかっていく後姿を見ながら、真希子はステップワゴンの開錠ボタンを狂ったように押し続けて、乗り込むのと同時にエンジンをかけた。瑠奈が助手席に乗り込んだことを確認すると、真希子は血まみれの顔を袖で拭いながらサイドブレーキを蹴って解除し、シフトレバーをドライブに入れた。敦史が必要な情報を隠すなんてことは、今までになかった。四人で長く仕事をしてきたが、これで終わりだ。新しい血が顔の上を流れ出す中、真希子は呟いた。
「最悪やわ」
「ポン松は中やで」
 瑠奈が集会場を振り返りながら言うと、真希子は頭に血が上ったように首を横に振って、アクセルを踏み込んだ。
「あっちが先」
 敦史は、ステップワゴンが猛然と加速し始めたことに気づいて、橋本に言った。
「車の後ろに隠れてください!」
 二人が言われた通りに車の陰に飛び込んだとき、もう一度振り返った敦史は自分だけが道路上に取り残され、車体を揺らしながら迫るステップワゴンの進路にいることに気づいた。
 エンジン音が車内に響き渡り、シートベルトを締めた瑠奈は、真希子が歯を食いしばるのを見て確信した。このまま敦史を跳ね飛ばすつもりだ。折れた手に力を込めると、瑠奈は真希子が持つハンドルを横から掴み、右に大きく切った。流れる景色の一部だった車列が目の前に迫り、ステップワゴンはトラックの荷台にまっすぐめり込むように激突した。真希子はフロントガラスとエアバッグを貫通して車内に入り込んだ荷台で頭の骨を折り、即死した。斜めに傾いた車の中で、瑠奈はエアバッグを避けながらシートベルトを外すと、手から飛んでいったレディスミスを探して足元を覗き込んだ。レッグスペースに設置された発煙筒の隣に挟まっているのが見えたが、歪んだ車体が邪魔をしている。ガソリンの匂いが車の中に入り込んできて、車内に居られる時間が少ないことを悟った瑠奈は、発煙筒を足で蹴って台から外すと、そのさらに奥へ手を突っ込んだ。
 
 青鬼は首に刺さったナイフの隙間から呼吸に合わせて血を少しずつ吐き出し、言葉を発することなく死んだ。赤鬼はその前に立ち尽くしていたが、物音に気づいて振り返った。勝則が意識を取り戻して体を起こし、背中を押さえているところだった。
「あー、いってぇ……」
 勝則から一定の距離を置くポン松と目が合い、赤鬼は首を横に振った。勝則の考え方など、自分に分かるわけがない。勝則は寝起きのように伸びをすると、言った。
「マッキー、どこ行ったー?」
 ポン松が自分の顔をじっと見ていることに気づき、勝則は目を合わせながら、前のめりに倒れて割れた黒縁眼鏡の裏で目を見開いた。
「何?」
 ポン松が何も言わないでいると、勝則はふらつきながら表に出て、駐車車両に斜めに激突したステップワゴンに向かって走り出した。
「おい。マッキー!」
 勝則は黒縁眼鏡を投げ捨てて、走った。ステップワゴンの車体に掴みかかるように辿り着くと、助手席のドアが開いて瑠奈が降りてきたのを見て、言った。
「瑠奈、マッキーは?」
 瑠奈は答えずに助手席のドアを閉めると、顔を上げた。勝則は道路の真ん中に立つ敦史を見て、瑠奈が左手に持つレディスミスを指差した。
「貸せ」
 瑠奈は返事の代わりに銃口を向けたが、勝則は予測していたようにシリンダーを万力のような握力で掴んだ。
「それはやめとけ」
 勝則はそう言うと、瑠奈の手からレディスミスをもぎとって、明後日の方向へ投げた。
「こんなもん外で撃つなって意味ね」
 敦史は少しずつ間合いを詰めて、勝則に飛びかかるチャンスを窺った。ステップワゴンまで十メートルぐらいのところまで近づいたとき、敦史は言った。
「瑠奈、離れろ」
 瑠奈は敦史の方を向いて目で制止すると、首を横に振った。勝則が本気で追いかけてきたら、二人の力では逃げ切れない。今までの経験からそう結論付けて、瑠奈は勝則に言った。
「マッキーは死んでるで。わたしが突っ込ませた。ベルトもせんで、アホすぎやろ」
 勝則は、荷台に吸い込まれて半分ぐらいの大きさになった運転席に視線を向けると、歯を食いしばった。瑠奈は敦史の方を向くと、口角を上げて言った。
「バイバイ」
 もし、ここから逃げられたとしても。手を引いてくれた先にある普通の世界は、やっぱり自分には無理だ。だからわたしの居場所はもう、このガソリンの真上しかない。勝則に頭を掴まれたとき、その目をまっすぐ見返した瑠奈は、言った。
「カツ。お前もアホや」
 勝則が口を開こうとしたとき、瑠奈は遮った。
「多分、めっちゃ熱いで」
 ガソリン溜まりの上に立っていることに勝則が気づいたとき、瑠奈はジャージのポケットから発煙筒を取り出し、蓋を抜いて点火した。勝則が声を発するよりも前に、真っ赤に光る発煙筒が地面に落ちて二人の真下から炎が燃え上がり、それはステップワゴンに伝って車内をオレンジ色に染めた。
作品名:Locusts 作家名:オオサカタロウ