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オオサカタロウ
オオサカタロウ
novelistID. 20912
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Locusts

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 真希子が瑠奈を呼び、二人が集会場から出て行くのを見届けた赤鬼は、少しだけ前へ足を進めた。ホワイトボードより前に出たところで屈んだとき、勝則が背中側に拳銃を差していることに気づいて、緊張感を取り戻したように息を殺した。まずは勝則をどうにかしなければならない。しかし、暗闇から飛び出して勝則の背中に辿り着くまでの距離は、十五メートルほどある。隠れる場所が一切ない上に蛍光灯で真昼間のように照らされた明るさの中を、気づかれないように移動しなければならない。どれだけ足音を殺しても、空気の揺れや影の動きで、勝則は先に振り返るだろう。赤鬼が屈んで状況判断に戻ったとき、青鬼が口を開いた。
「人のスマホ見て、何してんねん」
 勝則は青鬼を手で制しながら、橋本のスマートフォンをじっと見つめた。青鬼は、注意を引こうとするように体を起こした。
「おい、こっちの話がまだやぞ」
 勝則はスマートフォンから顔を上げると、青鬼の顔を見下ろした。
「なんぼ貰ってるかって話? えーっと、そんなんは、ない」
 青鬼が呆気に取られていると、勝則は青鬼のスマートフォンを空いている方の手に持ち、画面をひっくり返した。
「ほな、青鬼さん。上司にメール送るわな」
 最後にメッセージを送ったのは、『洗浄に時間がかかっている』という言い訳めいた内容だった。青鬼が思い出していると、勝則は送信したメッセージを見せた。
『寸胴屋を買収したいんですけど、なんぼで雇ってます?』
 青鬼がその内容に顔をしかめたとき、勝則のポケットでスマートフォンが震えた。勝則は寸劇を演じるようにメッセージを読み上げた。
「読みまーす。送信者は青鬼さん。寸胴屋を買収したいんですけどぉー、なんぼで雇ってますぅー? ええっとですね。ボケ、おれがお前の上司じゃ」
 勝則はそう言うと、青鬼の頭をサッカーボールのように蹴飛ばした。すでに折れた鼻から血が飛び散り、埃っぽい地面に伸びた。
「お前が飛ばした三千万は、おれの金や。真希子はメルセデスを買い替えたがってるから、めちゃくちゃ当てにしとる。おれは国産にせえって言うてんのに、全く聞かん。お前のせいで、おれがどんだけ八つ当たりされてると思う? もう見積もりも取ってんねん!」
 木之元は逃げ道を封じられたように、小さくため息をついた。同時に、ガラス片はタイラップをかなり細く弱らせていて、切れ目が捻じれるような感触が次第に大きくなってきている。しかし、立ち上がれないと勝則をねじ伏せるのは難しいし、背中の拳銃を取るためには、相当気を逸らせなくてはいけない。青鬼に注意が向いている今は絶好のチャンスだが、まだタイラップは切れていない。あと数分間、青鬼の頭をフリーキックしてくれればいいが、それを待っているとタイラップが切れる前に青鬼が死ぬ。
 勝則は、二発目を青鬼の顔に入れようと足を振り上げかけたのを途中で止めて、橋本のスマートフォンを掲げながら言った。
「敦史、ちょっといいか?」
 勝則は、敦史が目の前に来るのを根気よく待ち、スマートフォンの中身を見つめた。ブロックリストに入っている『翔』と『ポ』。これはそれぞれ橋本の彼氏と、ポン松のことだ。この二人は、一体どうしてブロックリストに入っているのか。先に内容を確認できていれば、状況をもっと早く把握できた。三つ目のプリンを食べる予定だったのは翔との会話に登場する家出少女で、その正体はおそらく、連絡先リストの先頭に追加された『川手陽菜』だ。勝則はスマートフォンの画面を見せると、敦史に言った。
「ブロックリストに重要人物めっちゃ入ってるんやけどさ。さっき中身確認したとき、なんか触ってない?」
 
 川手はポン松が足音を殺して一歩ずつ階段を下りていく後ろをついて歩きながら、できるだけ足音が鳴らないよう細心の注意を払った。ポン松がカニ歩きをする様子はどこか滑稽で、最悪の部類に属する人間なのに、一緒にいるときだけはその最悪な要素がどこかへ消え去ってしまう。ポン松はおそらくこの才能を生かして、様々な窮地を無傷でくぐり抜けてきたのだろう。こちらが何をしても怒らないし、何を見せられても驚かない。その反面、自分の思う通りに進めるためなら、人を砂袋のように扱う。今回は、自分がまさにその砂袋だったのだ。その背中からは何も読み取れないが、橋本を助けなければならないと、本当に思っているのだろうか。試すだけ試してみてうまくいかなければ、そのときは本人が目の前にいても、あっさりと諦めそうな気がする。しかし、上手くいかないと分かるその瞬間までは楽しい話し相手で、世話焼きで、仲間なのだ。
 ポン松は二階までたどり着いたところで一旦立ち止まると、足音を殺し過ぎて吊ったようになったふくらはぎの裏をさすり、再び歩き出した。川手を部屋に残すべきか迷ったが、九〇一号室は誰が踏み込んでくるか分からない。だから、橋本の部屋まで送り届ける方針に切り替えたが、不安要素は一旦建物の外に出る必要があるということだ。もちろん、そこで誰かに見つかって追いかけられたとしても、川手が逃げられるだけの時間稼ぎぐらいはできる。
 川手は、一階に辿り着いたポン松がカニ歩きをやめて振り返ったとき、視線をそのまま打ち返すように目を大きく開いた。ポン松は人差し指を口に当てて『静かに』と口の動きだけで言うと、ドアノブに手をかけてゆっくりと開いた。川手はゲーム画面を見るようにその様子を眺め、ポン松の後ろに続いてエントランスに足を踏み出した。
「外はダッシュですか?」
「誰かに見つかったら、ダッシュやな」
 ポン松が言ったとき、川手は真後ろで空気が揺れるのを感じた。
「ばぁ!」
 聞き覚えのある声が響き、川手の首に後ろから腕が回された。真っ黒に変色した手を見て川手が悲鳴を上げたとき、チョークホールドのように後ろから首を捉えた瑠奈は、もう片方の手に持ったナイフを腰に当てて、古い知り合いと再会したように笑った。
 ポン松が振り返って瑠奈に対峙したとき、その反対方向からレディスミスを頭に突き付けた真希子は、言った。
「エレベーター使ったらええのに。ポン松と川手陽菜さんかな? ちょっと来てほしい」
 川手は血の匂いが混じる瑠奈の腕に巻き付かれたまま、ポン松の顔を見た。頭に銀色の拳銃を突き付けられたポン松は目をぐるりと回すと、言った。
「一本取られたな。まあ、うまくいかんときもあるって」
 川手はその表情を見て、確信した。自分が恐れていたことが、まさに今起きている。上手くいかなくなるその瞬間までは、全力。しかし、悪くなった状況をひっくり返すという発想は、ポン松にはない。起きたことは、起きたままだ。
 真希子は銃口を上げたまま、言った。
「集会場に、皆さんお揃いです」
「らしいね」
作品名:Locusts 作家名:オオサカタロウ