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オオサカタロウ
オオサカタロウ
novelistID. 20912
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Locusts

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 ロッカクが開店するとき、試食に呼ばれたのは『団地でお世話になったメンバー』で、その中には当然、自分も入っていた。早川は、座敷の向かいに座る小森に言った。
「オープン前に、おれが色々アドバイスした料理があってな。結局それが看板メニューになったんやけど」
 小森はハートランドが満たされたグラスを傾けながら、それとなく腕時計の針を視界の隅に捉えた。そろそろ一時間が経つ。これでは、早川というよりこの店の取材に近い。早川はキノと真逆の、派手なタイプ。日焼けしていて体格も大きく、右腕は肘の上からスカルのタトゥーが覗いている。小森は輪投げの標的になったようにブレスレットが重なる右手で、メニューをぱらりとめくった。
「看板メニューのやつ、食べたいです」
「そこには書いてないねん。時間かかるから、先に言うとこか」
 早川が言い、小森は小さくうなずいた。今日は、ご飯を食べるだけで終わりそうだ。それならキノがいた方が面白かったのだろうけど。小森は、バリエーションに乏しい木之元の表情を思い出しながら、早川が店主に注文をする様子を眺めた。付き合っている間は本当に何を考えているか分からなかったのに、別れた瞬間、手に取るように分かるようになった。人と話す姿を見る余裕ができたからかもしれない。今までは、『彼氏が自分以外の人と話している』という意識が邪魔をして、どこか偏った目で見ていた。だから今は、やり直したいとは思うより前に、観察したい。今日も、来てくれたらどれだけ良かったか。
 店主が厨房に戻っていき、早川は小森がテーブルの上に置いたICレコーダーを指差した。
「ちょっと古い話やけど、キノがどうやって仲間になったかは、本人から聞いてないか?」
「キノは、昔の話とか全然しないんですよ」
 小森はそう言うと、ICレコーダーのスイッチを入れた。早川は、木之元が糸井と揉めた件を話し始め、自分が木之元の側についた理由を『こいつがおった方が面白いと思ったから』とまとめたが、正しくは『こいつを野放しにしていると、何をするか分からない』からだった。その矛先がこちらに向く可能性だって、ゼロではないのだ。その突拍子の無さを怖がったわけではないが、真似できない才能なのは確かだ。
 興味深そうに相槌を打っていた小森がハートランドのお代わりを注文するのを眺めながら、早川は考えた。気まずいのは承知だが、木之元はここにいるべきだった。
 ちょうど二週間前、見覚えのない番号からの電話が入った。それが始まりだった。待ち合わせの目印はホイールが真っ黒に汚れたダークグレーのメルセデスで、運転席から降りてきた女は薄いピンクのスウェットにジーンズというラフな格好、助手席から勢いよく降りてきた男は黒縁眼鏡をかけていて、しわだらけのウィンドブレーカーを着ている辺りがどことなく、木之元に似ていた。二人は夫婦漫才をするコンビのように、『マッキーとカツ』と名乗った。
『すみませんね、直に顔合わせた方がええかなと』
 口火を切ったのは、マッキーだった。二人の要件は、赤鬼と青鬼が引き起こした三千万円の不払い。話を聞いていると、カツが付け加えた。
『なんか、もうひとりおるんですかね?』
 それが、急に姿を見せなくなったポン松だということはすぐに分かった。直感で思ったのは、女と逃げたのではないかということだった。そして、そんなポン松から『一瞬戻りたいんやが、ちょっと会われへんか?』というメッセージが来たときは、状況が変わったのだろうと確信した。例えば、女に金ごと逃げられたり。
 古い付き合いだが、ポン松は誰も信用しないし、基本的に自分のことしか考えていない。三千万円を持ち逃げしたことで割りを食うのは赤鬼と青鬼だし、あの二人のことは中身を取り出した後のコンビニ袋ぐらいにしか思っていないだろう。そして寸胴屋からすれば、全員がコンビニ袋未満。木之元が戻った件を伝えると、カツは『ちょっと邪魔して遊んだろかな』と笑いながら言っていた。つまり、木之元の顔を見るのは、さっきの車の中が最後だったということになる。早川はビールのジョッキを空けると、店主に向かって掲げた。
「すんません、同じのください」
 それでも分からないのは、ポン松が一旦戻ってきた理由だ。そのままさらに遠くに逃げれば見つかることはなかったし、赤鬼と青鬼に責任を被せることだってできたはずだ。早川は新しいビールを店主から受け取ると、小森と乾杯をしてから言った。
「人のやることって、よく分からんよな」
 早川は、本剛団地からは遠く離れた住宅街で育った。特に金持ちでもなければ貧しくもない、中庸の家庭。ただ、外壁や車の好みまでコピーしたような隣家と違う点は、本剛団地のC棟に母親の弟が住んでいたということ。親戚からは『ケンゾー』と雑に呼ばれ、邪険に扱われていたが、自分に押し寄せる視線を跳ね返すような独特の冷たい雰囲気が好きだった。小学校に上がったぐらいから親戚が集まる度に話すようになり、その話題はスポーツカーや音楽の話から徐々に、複雑な内容に変化していった。そして、小学校高学年に上がったとき、転機があった。ケンゾーを訪ねて、ちょうどC棟のエントランスをくぐったとき、郵便受けからはみ出しているチラシを凝視していた酔っ払いが振り向くなり、『これ詰め込んだん、お前か?』と言い、背中を向けるとそれが号令になったように追いかけてきたのだ。B棟まで逃げて振り切った後、三十分ぐらい時間を潰して戻ると酔っ払いはいなくなっていたが、無造作に詰め込まれたチラシもなくなっていた。
 そして、ケンゾーにその話をすると、同情ではなく大笑いが返ってきた。
『チラシのおっさんな、昔に、捨てたらあかんやつもチラシと一緒に捨てて、役所にシバかれたらしい。それがトラウマになってからあんな感じになったんやけど、あいつは人のも勝手に捨てよるから、かなわん。まーそんな感じで、むかついたときはな、ルールを勝手に作んねん。何もなかったとこに急になんかできるから、みんなつまずいてこけよるやろ。何人か見せしめにシバいて、実績を積んでけ。もちろん、相手は選ばなあかんけどね』
 ケンゾーの早口は一字一句覚えているつもりだが、実際には少し違うかもしれない。しかし最も大事な部分は『ルールを勝手に作る』ということだ。
『まずは、そんなん全く気にせんやつと友達になっとけ』
 ケンゾーに言われるままについていき、同い年の中学生に紹介された。ケンゾーのことを師匠のように思っているらしく、その険しい目つきは、ケンゾーの顔を見るなり入れ替わったように明るくなった。
『親戚の家に居候しとるやつでな。顔見せたらシバかれるから、誰もおらん平日の昼に学校サボって寝とる。こいつは、ルールを一切守らん』
 そうやって、仕事上の付き合いを始めるように、ポン松との人間関係が生まれた。ケンゾーは早川が高校へ上がった年に肝臓がんで死に、ポン松との数年の付き合いもそれで終わるかと思われたが、手当たり次第に人を痛めつけることで有名人になっていたポン松は『ケンゾーおらんし、俺らの天下やぞ』とあっさり言った。
作品名:Locusts 作家名:オオサカタロウ