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オオサカタロウ
オオサカタロウ
novelistID. 20912
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Locusts

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 瑠奈は初めから気づいていたように後ろを振り返り、ジャージのポケットに左手を突っ込むのと同時に、ナイフが収まるケースのクリップを静かに外した。目の前まで来ていた赤鬼は邪魔が入ったことに舌打ちすると、声のした方を睨みつけた。瑠奈は同じ方向を見て、目を大きく開いた。お冷を取り換えてくれたレストランの店員。赤鬼はスタンガンを後ろ手に隠すと、言った。
「何? ここの人?」
 宮田は瑠奈の右手が真っ黒に変色していることに気づいて、顔を歪めた。
「後ろから何するつもりやってん。その手はなんや?」
 赤鬼が無意識に自分の手を見下ろしたとき、宮田は瑠奈の右手を指差した。
「お前の手ちゃうわハゲ、そっちやそっち」
 瑠奈はリュックサックを盾にするように赤鬼から離れると、宮田と雨野の傍に駆け寄った。雨野は宮田が指摘した瑠奈の右手を見て、息を呑んだ。
「折れてる?」
「分からないです」
 瑠奈はそう言うと、赤鬼の方を向いた。その目を見た雨野は確信した。この二人は友達じゃない。赤鬼は宮田と雨野の顔を交互に見ると、言った。
「通り抜けはご遠慮くださいって、見えへんかったか? 迷惑しとんねん」
「あったな。でも、しょうもないことしとるやつは、通り抜けてでも止めなあかんからな。後ろからこそこそ、何しとってん?」
 宮田が言い、赤鬼はスタンガンをジーンズの尻ポケットに入れた。本当にどこから現れたのか分からないし、今は特に事態が繊細だ。赤鬼が次に言う言葉を考えていると、雨野が瑠奈の顔を見て言った。
「なあ、名前なんて言うの?」
「瑠奈です」
 瑠奈は短く答えると、左手の中で静かに出番を待つナイフに意識を集中した。宮田は赤鬼から視線を逸らすことなく、ポケットを探りながら言った。
「瑠奈ちゃん。お兄ちゃん多分、これ落としたよな?」
 宮田が指輪をポケットから取り出すと、瑠奈は宮田の手に首を伸ばして、うなずいた。
「兄ちゃんのです。友達からもらったやつ。持って来てくれたんですか?」
 赤鬼は二人の会話を聞きながら、半分口を開いたままその場に立ち尽くした。福田の指輪だ。体中に貴金属を巻いていて、ラムシュタインの指輪は特にお気に入りだった。瑠奈は指輪を受け取り、ふざけるように自分の中指にはめると、屈託のない笑顔を見せた。
「ははは、ブカブカや。ありがとうございます」
「もうええわ」
 赤鬼はそう言うと、一歩後ずさった。宮田が視線を逸らし、雨野がその目を追いかけるように見て安堵の表情を浮かべたとき、瑠奈は赤鬼だけが自分を見ていることに気づいて、中指に通された指輪を掲げながら、声には出すことなく、口の形だけで『殺すぞ』と呟いた。赤鬼は安全地帯を求めるようにC棟の方へ小走りで移動しながら、青鬼にメッセージを送りかけて途中でやめた。寸胴屋はずっと目の前にいたのだ。そして、自分を除く全員がいつの間にか、寸胴屋の手の中に落ちている。今すぐ集会場に飛び込みたいが、正面からは入れない。チャンスがあるとすれば、裏口だ。ピッキングに成功して静かにドアを開けられれば、全く気付かれない。
 ピッキングの道具が入ったショルダーバッグを肩に掛けなおすと、赤鬼は裏口の方向に目を凝らせた。

「別にハゲて……なかったですよね?」
 雨野が言うと、宮田は笑い出した。二人の声は微かに震えていて、瑠奈はその間に挟まれながら思った。普通の人が守ってくれるというのは、こういうことなのだと。怖くてしかたがなくても、それを押し殺して守ってくれる。怖い思いをしたときにその相手を消す方法だけを学んできた自分とは、何もかも違う。
「大丈夫?」
 雨野の手が背中に置かれるのを感じて、瑠奈はうなずいた。宮田はまだ赤鬼の行方を気にしながら、瑠奈の方を向いた。
「他の家族の人は、どこに行ったん?」
「ちょっと今は、用事の途中で。親戚の人と合流してます」
 瑠奈はナイフの形がジャージの外から見えないよう、ポケットに突っ込んだ手で隠した。雨野は寒そうに肩をすくめながら、正解を引き出せないことを承知しているように、目を伏せたまま言った。
「手は、どうしたん?」
「ヤンキーみたいな人がドアをバーンってやってきて、それで挟まれました」
 瑠奈が右手を見下ろしながら言うと、宮田は自分の予想が悪い方へ当たったように、ため息をついた。
「最悪やな。ここはマジでそういうとこやねん。あ、ごめんな親戚の人住んでんのに」
「いいえ、大丈夫です。うちらがここにおるって、なんで分かったんですか?」
 瑠奈が宮田の目を見ながら言うと、宮田はバツが悪そうに首をすくめた。
「本剛団地に行くって聞こえたから。ごめんな、こんなんストーカーやな」
「そんなことないです、助かりました」
 瑠奈は無意識に口をついて出る言葉をそのままにして、スマートフォンを取り出した。宮田と雨野は今日一番の善行をしたように、二人で誇らしげに顔を見合わせている。あんなに怖かったはずなのに。瑠奈は左手にスマートフォンを持ったままその様子を見ていたが、涙が頬を伝いかけていることに気づいて、上を向いた。これが敦史の言う『普通』なんだ。自分の身を犠牲にして、怖い思いをしてもお互いを労わるみたいに笑って。
 こんなの、わたしには無理かもしれない。
   
「よっしゃー、橋本さん。ケータイ出してくれや」
 橋本の目の前に立った勝則が言うと、木之元が体を起こしながら言った。
「橋本には触んな」
 真希子がペンチを持つと、青鬼と木之元を交互に見て、どちらにするか決めかねているように、首を傾げた。木之元は勝則の背中に向かって、呼び掛けた。
「おい、黒縁眼鏡ポロシャツ!」
 勝則は振り返ると、黒縁眼鏡を外してポロシャツの胸ポケットにつるを引っかけながら笑った。
「眼鏡なんか、かけてませぇーん」
 真希子が首を大きく傾けて木之元の方を向くと、先端に血が残るペンチを持って、口角を上げた。
「もー、変なこと言うから。木之元さんにしよか」
 また例のゲームが始まったと確信して、青鬼は自分の身に降りかかったことのように歯を食いしばった。木之元は覚悟を決めて、鈍い痛みを発する指から意識を逸らせようとしたが、橋本は勝則の目をまっすぐ見て、言った。
「上着のポケットに入ってます。左です。手動かせないんで、取ってもらえませんか?」
「了解」
 勝則は黒縁眼鏡をかけると、橋本の上着に手を伸ばし、ポケットからスマートフォンを抜いた。正解に辿り着いた橋本を褒めたたえるように笑顔を作ると、青鬼と木之元に言った。
「ここに入ってます取ってくださいってお願いしたら、済む話やがな。応用とか全く利かんタイプか自分ら。ややこしく考えすぎなんか、アホなんか。どっちや?」
 青鬼と木之元が出来の悪い生徒のように目を伏せると、勝則はスマートフォン橋本の顔にかざしてロックを解除し、敦史に投げた。
「中身確認しといてや」
作品名:Locusts 作家名:オオサカタロウ