Locusts
木之元は、足首と手の爪が全く見合わないように、頭を地面につけた。手が床に触れて、冷たく鋭い感触を感じて静かに指を動かしたとき、気づいた。細長いガラス片が散らばっている。おそらく、前にここを使ったときの名残り。木之元は、最も細長くて鋭い破片を引き寄せて手の中に握り込むと、手を縛るタイラップに押し当てた。
赤鬼は、ヴェルファイアの車内で伏せていたが、ようやく頭を上げた。とりあえず、赤チンはすぐに見つかった。背中のひりつく部位に塗るところまでは計画通りだったが、ちょうど戻ろうとしたタイミングで、敦史と瑠奈がB棟から出てきて集会場に入っていくのが見えた。掛井も一緒で、何故かアホ毛の彼女も一緒にいた。橋本ひなたは、徹底した縁の下の力持ちだ。コンビニでばったり会う度に『うちの翔が迷惑かけてないっすかー』と聞いてくる。もちろん、橋本の目的はただひとつで、それは『アホ毛の地位向上』だ。本人は、揉め事から一歩も二歩も距離を置いている。だから、熊毛と橋本が交替するなんてことは、考えられない。そして、追いかけていったはずの熊毛は、帰ってこない。赤鬼はヴェルファイアから降りた。短気な青鬼が全く急かしてこないというのも、気にかかる。
斜めに停められたステップワゴンはドアロックされていて、スモークが貼られたリアウィンドウは中の様子が全く分からなかった。赤鬼は頭の血流の向きを変えるように、側頭部に手をやった。特に手から魔法の力が出ているわけでもないし、仮にあったとしてもお釣りの計算が速くなるぐらいの効能しかない気がする。とにかく自分には、頭を使う仕事は向いていない。赤鬼は、じんわりと熱を帯びた側頭部から手を離して集会場から離れると、B棟まで小走りで移動した。背中がひりひりと痛むだけでなく、普段の運動不足がたたって息が上がり、汗だけが額から吹き出してくる。エントランスに入ってすぐ、赤鬼は何かを引きずったような跡に気づいた。袖で頭全体を拭うと、跡を逆に追って掃除用具入れを開け、熊毛の死体が目に入るなり飛び退いた。
コンクリートの壁に背中を押し付けながら、赤鬼は集会場の方向を振り返った。敦史と瑠奈の歩き方は、まるで場の主導権を握っているようだった。コンクリートから背中を引き剥がして姿勢を整えると、赤鬼は今の自分にできることを考えた。青鬼がやるようにスムーズにはいかなくても、真似事はできる。鍵が閉まっているステップワゴンにしても、真っ先に浮かぶのは窓を割ることだが、青鬼なら鍵がなくてもピッキングすれば開錠はできると、簡単に言うだろう。
赤鬼はスカイラインまで早足で戻り、トランクを開けてスタンガンをポケットに押し込むと、ピッキング用の道具が入ったショルダーバッグを肩に掛けた。