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オオサカタロウ
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novelistID. 20912
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Locusts

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 真希子は青鬼の方を向くと、ストップウォッチのタイマーを起動した。青鬼は自分が要求されている役割を悟り、ジャージの左ポケットに入ったスマートフォンをひっくり返そうと、尺取り虫のように足を動かした。地面から埃が舞い上がって勝則がその様子に笑い始め、あっという間に三十秒が過ぎた。
「タイムアップ」
 真希子は、木之元の小指の爪をペンチで引き剥がした。叫び声のほとんどがタオルに吸い込まれ、勝則は立ち上がると、入口を振り返った。
「赤チン探しに行った兄貴は、どないしたんや?」
 青鬼は、斜めに切断された指の断面をできるだけ内側へ巻き込んで庇いながら、言った。
「探し物とか下手くそなんで、めっちゃ探してると思います」
「そうかー。ほな次は、木之元さんいこか」
 勝則は青鬼の前に立つと、すでに真希子が指を数本切り落としていることを思い出して、言った。
「指はやめとこ」
「ほな木之元さん。三十秒な」
 真希子がストップウォッチのタイマーを起動させながら、言った。木之元は数秒呆気に取られてじっとしていたが、青鬼がやっていたように体を捩って、ウィンドブレーカーから半分はみ出していたスマートフォンを地面へ振り落とした。真希子がストップウォッチを止めて、小さく拍手をしながら言った。
「すごい、オッケーオッケー。青鬼さんセーフ」
 タオルを口から抜かれた木之元が安堵したような表情を浮かべたことに気づいて、青鬼は目を逸らせた。キノは、この頭のおかしな二人が始めたゲームのルールを理解していて、すでにその参加者になっている。つい数分前まで、どうやってキノを厄介払いするか、そのことばかり考えていたが、何年も積み上げてきた人間関係を人質に取られている今の状況だと、頭のどこかで『ボス』を頼っているということを、どうしても意識してしまう。
「あざす」
 青鬼が言い忘れていたように呟くと、木之元は目を一瞬だけ合わせて応じた。
「うるさいわ」
 真希子は、木之元のスマートフォンをテーブルの上に置きながら言った。
「青鬼さん、頑張るのはええんやけど。わたしらが来た目的を考えてよ」
 消えた三千万円。木之元はすぐ目の前にいるが、もう隠している場合ではない。しかし、次は木之元の番だ。真希子が何をするのか分からないが、もう片方の足も折ってくれれば、まだ安心して話せる。青鬼はストップウォッチがスタートするのを待っていたが、木之元が先に口を開いた。
「ポン松と何で揉めてん?」
 青鬼が無意識に答えを頭の中で練っていると、勝則がゴミの中を探るように青鬼のスマートフォンをポケットから引き抜いて、言った。
「なあ青鬼、木之元さんはちゃんとケータイ出してくれたで。仲間のためやったら地面を這い回ってくれる、ええ先輩やん」
 青鬼は、木之元の目が静かに追い打ちをかけていることに気づいて、勝則の目を見返した。
「うちらの手元には、何もないです。ポン松は部屋にいてます」
 そこで言葉を切った青鬼は、勝則の言葉を待った。
「なるほどねー。どっちか、部屋まで行ける?」
 木之元は勝則の口調を聞きながら、考えた。ポン松は未成年の女と一緒にいる。その情報が、勝則の話し振りからは完全に抜け落ちているようだ。いつまでも答えないでいると静かに時間切れが訪れるかもしれないということを悟り、青鬼が言った。
「行けるとは思いますけど、おれが声かけても、出てこんと思います」
「まあ、当事者過ぎるか。ほな、木之元さんやったらいけるかな?」
 勝則が目を向けると、木之元はうなずいた。
「それなりに警戒はされるやろけどね」
 真希子は時計を気にしながら、入口に目を向けた。
「赤チンまだ?」
 同時に足音が近づいてきて、勝則は目を細めながら耳を澄ませた。
「赤鬼ちゃうな、敦史と瑠奈や」
 外から鍵が開き、まず掛井が入ってきたのを見た勝則は、口角を上げた。
「おかえりなさい」
 敦史と瑠奈が後ろからついてきて、真ん中に金髪の女がいることに気づいた勝則は、予想外の出来事に目を見開いた。真希子が内鍵を閉めるなり、ベルトに挟んだエアウェイトに一度触れてから、勝則は言った。
「誰?」
 敦史と瑠奈が顔を見合わせたとき、真希子は青鬼と木之元に視線を向けた。二人とも顔見知りであることを理解し、真希子は勝則に伝えようとしたが、勝則はベルトからエアウェイトを抜くと、銃口をまっすぐ向けながら言った。
「誰? マジで誰? 瑠奈、誰やこの金髪。敦史、なんで黙ってんねん。誰よこれ?」
 その狂ったような早口に、橋本は後ずさった。ドアに背中がぶつかって逃げ場がなくなったとき、銃口が追いつくように左目のすぐ手前まで来て、勝則は黒縁眼鏡の奥で見開いた目を銃身線から逸らせた。
「自己紹介をどうぞ」
「その子は、橋本さんや。翔くんの彼女」
 掛井が言い、勝則は橋本から体を引いた。
「了解。掛井さん、翔くんってのは?」
 瑠奈が折れていない方の手を挙げて、呟いた。
「さっき追いかけてきた、大きい人」
 勝則は情報を整理しながら、深くうなずいた。木之元にアホ毛と呼ばれるまで、所在なさげに柵へ体を預けていた男。
「アホ毛か、はいはいはい。で?」
 勝則が正気から最も外れた人間であるように、沈黙が流れた。で? に続く正しい相槌を誰も打てないでいると、エアウェイトの銃身で自分の頭をコツコツと叩きながら、勝則は言った。
「橋本さん、翔くんのことはごめん。で、掛井のじーちゃん、おかえり。敦史と瑠奈も」
 木之元は、真希子が勝則を警戒するように拳を固めたことに気づいた。どんな人間にも、キレてからそれを行動に移すまでのお決まりの動きがある。この苛ついた早口でまくしたてる動きが、勝則が何かを行動に移すまでのお約束なのかもしれない。それを仲間であるはずの真希子ですら恐れているというのが、意外だった。瑠奈が川手のバッグを地面に置いて敦史の方をちらりと見たとき、勝則は集会場全体が水を打ったように静まり返る中、呟いた。
「赤鬼は?」
 敦史が答えようとする前に、勝則はその頭頂部にエアウェイトの銃把を叩きつけた。缶詰を地面に落としたような鈍い音が鳴り、勝則は瑠奈の無事な方の手を掴むと、果物を握りつぶすように力を込めた。
「痛い! 痛い!」
 瑠奈が真っ黒に腫れた手で勝則の手を開こうとすると、勝則は瑠奈に足払いを食わせて敦史の隣に倒した。
「はい、やらかしたら男は頭にたんこぶ! 女は何?」
「指……、指の骨」
 瑠奈が何度も言い聞かされているに違いない言葉を発すると、勝則はエアウェイトをベルトに挟み、お互いを庇うようにうずくまる敦史と瑠奈に言った。
「もう折れてて良かったですねー、時短になったわ。金髪連れて入っていくとこ、赤鬼に見られてたらどうするんですかー?」
 真希子が立ち上がって瑠奈の傍まで行き、木之元は全員の目線が敦史と瑠奈に向く中、青鬼に目線を向けた。青鬼は、瑠奈が手を押さえながら泣く声に紛れて、呟いた。
「薬代の三千万を、ポン松に持って行かれました。裏のバイトです。すみませんでした」
「しょーもな、はよ言えや。そんなん、みんなやっとるわ」
作品名:Locusts 作家名:オオサカタロウ