Locusts
赤鬼がスカイラインを発進させ、青鬼は見張りが引き上げていく様子を眺めながら、考えた。キノは後でじっくり尋問するつもりだろう。どの道逃げ場はないのだから、早川にも話を通して、集会場を使うに違いない。それに、今の口ぶりだと寸胴屋の下りも信じていない。しかしそれは、三千万円という金額も、実質的な窓口だった福田と連絡が取れないということも知らないからだ。
とりあえず、キノはポン松のことをよく思っていないだろうから、今はそれに乗っかっておく以外、手はない。このままいけば、おそらく勝手に追い詰めてくれる。
そしてこちらも、その隙に逃げ道を作らなければならない。
青錆で変色した八〇一という部屋番号と、変色した表札の『掛井』という文字。敦史はその様相に困惑し、隣に立つ瑠奈に耳打ちした。
「思ったより、お化け屋敷やな」
「ははは、こそばい。なんて?」
瑠奈が体をよじりながら笑い、スマートフォンに視線を落とした。派手な紫色の画面は、ずっと見ている占いのページ。
「運勢、ド殺界。うちら、今日死ぬかも」
「そんな風に書いてあんの?」
敦史が言うと、瑠奈は自分の発した言葉に笑いながら、首を横に振った。
「イマイチやから、気をつけましょうって」
「意訳しすぎやろ」
「敦史さー、水こぼしとったから今日の悪運は終わったんちゃう? わたしはこれからやけど」
瑠奈が言ったとき、真希子がチャイムを押し、ほぼ同時にドアが開いた。掛井が小さく頭を下げ、人数が足りていないことに気づいて、少しだけ背が高い真希子の顔を見上げた。
「駐車場なかったから、お父さんはまだ外なんですよー」
真希子が言い、敦史と瑠奈の背中に両手を置いて、一歩引いた。二人がぺこりと頭を下げて自己紹介し、掛井は頭を下げた。
「わざわざこんなとこまで、どうも」
「お父さん、駐車場見つかったかな?」
敦史が言い、真希子は首を傾げた。来客用の駐車場というものは存在せず、そもそも団地全体に『関係者以外立ち入り禁止』と書かれている。それは親戚でも例外じゃないのだろう。未だかつて、こんな重苦しい雰囲気の建物に来たことはない。
「近くにコインパあります? お父さん、変に真面目で。路駐とか、ほんまにようせん人なんです」
真希子が言うと、掛井はうなずき、大きなくしゃみをした。瑠奈が目を丸くして、敦史の方を向いた。
「今ので、じいちゃんの今日の悪運は終わり。ね?」
掛井はその屈託のない笑顔を見て、苦笑いを浮かべた。
「中で待つ?」
瑠奈は首を横に振った。敦史が仕草の解説をするように、言った。
「団地見たい。なんか要塞みたいでかっこいいし」
「ほな、ちょっと案内しよか」
掛井は上着を羽織ると、サンダルを履いた。敦史は十五歳で、身長は百七十センチ程度。瑠奈は十三歳で、百五十センチを少し超えるぐらい。活発な性格で仲が良いのは、二人のやり取りだけで十分に伝わってくる。二人とも学校名が掠れた紺色のジャージにジーンズという飾らない見た目で、修学旅行の途中のようだ。真希子は敦史と同じぐらいの身長で、この二人に何を遺伝させたのか分からないぐらいにおっとりしていて、今は団地の非常灯が消えかけているのを気にしている。
「非常扉が懐かしい感じですね」
エレベーターを待つ間、古めかしい扉を見ながら真希子は誰にともなく呟いた。瑠奈がドアノブを回すと扉全体が軋みながら動き、真希子は慌てた様子で元に戻した。
「なんでも触ったらあかんのよ」
敦史が瑠奈を軽く小突き、瑠奈は膝蹴りを返す振りをしながら笑った。