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人生×リキュール ペパーミント・ジェット27

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 なんだ、なんだ? ぴょんぴょん飛び上がるとパトカーが見えた。げ。またかよ。今度はなんだよ。オレは別ルートから公園内に侵入することにした。近所の野良猫しか知らない獣道。そこを通ればオレたちのハウスまで近道できる。今の季節は、そこまで葉が茂ってないから音もそんなしない。結局、昨夜は寝れなかったので、朝まで筋トレや走り込み、素振りなどをやって時間を潰した。それから川縁のジョギングに出て、そのまま近辺でジイさんの聞き込みをして今帰ってきた。聞き込みの収穫はゼロ。このままじゃヤバい。警官の後ろ手から回り込んで、住処の裏手に出た。入り口の前に青いビニールシートがかかっている。誰だか知らないが、オレが留守にしている隙に雪が吹き込まないように親切にシートで覆ってくれたらしい。シートが足りなくて入り口だけが剥き出しだったからな。それにしては、覆い方が雑だ。誰だよ下手くそ。アレ、中に誰かいるぞ。兄貴なわけないだろうと思ったオレは四つん這いになって中に声をかけた。なるべく脅すような低い声でだ。
「おい、ここが俺たち兄弟の家だってわかって入ってんのか?」
 入り口で踞って毛布の塊を抱えていた背中がビクっと跳ねた。ゆっくりと振り向くその顔。なぜか泣きっ面の兄貴だった。オレはほっとして笑った。
「兄貴!早かったんだなぁ。心配したぜ。なんで泣いてんだ?」オレがいなかったからかと思ったのも束の間、兄貴が抱いていた毛布の塊を見て仰天した。それはこの公園のホームレスのボスを気取っていた嫌味なレゲエジジイ。虚ろな半目に口を開けて、死んでいるのが一目でわかった。三つ編みにしたフケだらけの汚らしい髭先までカチカチに硬直している。どうしてこいつが俺たちの住処にいるんだ?
「おまえ・・良かった!俺、てっきり・・」
「おいおい兄貴、しっかりしてくれよ。一日ムショで過ごしただけで、オレとレゲエジジイの区別もつかなくなっちまったのか?」まったく勘弁してくれよなーと文句を言うと、兄貴はすまんすまんと笑った。まあいいけど。それにしても、どうしてレゲエジジイは俺たちの家で寝ている上に死んでんだ? 迷惑極まりない。
 よく見ると、レゲエジジイの側には空の紙コップ。腕には、あのジイさんがくれた緑の酒瓶を抱いている。開栓された瓶の中身は半分にまで減っている。コイツ・・オレが走り込みに出た隙を狙って、これを飲みに来たんだな。大方、寒くて眠れないから酒でも飲もうと思って各テントを覗いてたんだろう。ちょうどオレが留守にした間に、これを見つけて一気に飲んで、急性アルコール中毒にでもなって死んだんだろう。アホなヤツだ。普段から、人の食料を盗んだり勝手に物を使ったりと、えげつないジジイではあったが、最後までどうしようもない死に方だな。オレは軽蔑と呆れを込めた目でレゲエジジイを眺めていたが、頭に大きな同情の水瓶を持つ兄貴は痛ましそうな目で見ていた。
 まあ、なにはともあれ兄貴が戻ってきてくれて安心した。オレは、レゲエジジイがしっかと抱いていた酒瓶を引き剥がしにかかる。これは兄貴があのジイさんにもらったもんだ。オレ達だってまだ飲んでねーのに、先に飲んでんじゃねぇよ。やっとこ取り戻すと、兄貴はレゲエジジイを入り口から外に引き摺り出した。
 警察はホームレス相手だと事件にすらしない。野良犬や野良猫の死骸と同じだ。オレたちと関係ないことを話すと、それ以上は特に事情徴収もせず、面倒臭そうにレゲエジジイをグレーの納体袋で包んで引き上げていった。


 弟が颯爽と現れたことで、俺が抱き寄せていたのが他人だとわかった。同時に安堵した。
「なに泣いてんだよ!」といつもの調子で片眉だけを上げて聞いてくる懐かしい弟。
「まさか、オレだと思ったの? それ」おいおい、しっかりしてくれよなーと笑う。元気そうだ。
 俺たちの住処で死んでいたのは、この公園のボスを自称する通称レゲイジジイ。弟の推測では、昨日の老人絡みの一件を見物していたレゲエジジイが弟がいない隙に勝手に入り込んで飲んで死んだのではないかと言う。多分間違っていないだろう。だが、人形のように冷たく堅くなっているレゲエジジイを間近で見た時、可哀想な人だなと思った。いつも横柄でカースト意識が強かった人だったから、どういう経緯でホームレスになっていたのかは最後まで知ることはなかったが、神経質な性格や勘定に長けているところを見るにきっと、元々はきちんとした立場の人間だったのではあるまいか。余程のことがあったのだろうと憶測する。家族は彼を迎えに来てくれるのだろうか。来て欲しいが・・そうして、横で酒瓶からエメラルドグリーンの酒を紙コップに次ぐ弟を見た。
 俺たちも他人事じゃない。明日は我が身だ。
「お、これ、ハッカの匂いがするぞ。ペパーミントの酒っぽいな。オレ飲めっかなぁ。ミント苦手なんだよなー」
 弟の言葉を聞いて、俺は左ポケットからパック牛乳を取り出した。俺の体温で若干温められた牛乳を酒が入ったコップ注ぐ。若葉色の酒はたちまち翡翠色に変わった。
「グラスホッパーもどき」俺が言い終わる前に口をつけた弟がうめえーと歓喜した。
「あと、これ。どうせ飯、食ってないんだろ?」潰れた鮭握りを差し出す。
「食うの忘れてたわ。よくわかったな。超能力者かよ!」とおにぎりを受け取ってがっつく弟。
「なんか、この握り飯、兄貴臭えな。もっとマシなもんで包めなかったのかよー」と笑顔で文句を垂らす。
「それしかなかったんだ。仕方ないだろ」
「嬉しいけどさーちゃんとした鮭なんて何年かぶりだわ」うめえーと連呼しながら味わっている。俺はそんな弟の姿を横目に、グラスホッパーに口をつけた。クリーミィなハッカのキャンディーのような懐かしい味がする。母が好きでよく舐めていたハッカの飴を思い出した。それを舐めていた母はだから、吐息がハッカの匂いだった。久しく墓参りに行っていない。明日、墓参りに行こう。今回の色々を墓前で報告しよう。そんなことを考えていると、入り口に人の気配を感じた。
「あのぉ、すいませぇーん」間延びした女性の声だ。
 こんな吹き溜まりに何の用かと、俺は返事をすると四つん這いになって外に這い出た。


 眼下に広がる宝石箱のような夜景を目の当たりにしたオレは、だが今でも信じられない。
 兄貴とグラスホッパーを味わっている時に訪ねてきた小綺麗な恰好をした女性は、誰もが一度は耳にしたことがある超有名企業を経営する男の孫娘だと名乗った。そんな雲の上の人種がこんなところに何の用だろうとオレは耳を澄ましていたが、兄貴と女はヒソヒソと話していたので聞き取れなかったんだ。少しすると、兄貴が青い顔で入ってきて、ちょっと行ってくると言って女と一緒に出かけた。オレだけ蚊帳の外だ。仕方ないから筋トレをして兄貴を待つことにした。でも、夜になっても兄貴は戻ってこなかった。嫌な予感が過り始めた頃、黒服の男たちが現れたんだ。男たちは、オレに必要な物だけ持って付いて来いと、公園の入り口につけた黒いリムジンの後部座席を示した。いやはや、さすがにビックリしたよ。