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人生×リキュール ペパーミント・ジェット27

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「いや、やめとく。オレ汚い恰好してるから、シート汚しちまうよ」そう言って辞退しようとすると、どこからかビニールシートを引っ張り出してきてリムジンのシートをすっぽり覆った。これならいいだろうと言うので、渋々乗車。オレが臭いからって理由をつけて窓を全開にさせて、なにかあればいつでも窓から飛び出して逃走できるように配慮した。リムジンが着いた先は、デカいビル。見上げるとビルの上方に企業ロゴが見えた。兄貴を拉致していった女の所属する会社だ。立派な車寄せを前にオレはビビった。黒服に降りろと言われたが、さすがにこの恰好で踏み入るような場所じゃない。それを伝えると、黒服は誰かに電話し始めた。リムジンのドアが閉まり、オレは別の場所に連れて行かれた。青山通りを通過して到着したのは一軒の豪邸だ。黒服に背中を押されて跨いだエントランスにはシャンデリアが輝き、赤い絨毯が敷き詰められている。なんだここは?
 戸惑うオレを数人の男女のメイドが包囲し、二階へと連行される。オレは風呂で垢を落とされ、髭を逸られ、散髪された。歯磨きをして身なりが整え終わると、用意されたスーツと革靴に身を包み階下へと降りる。スーツを着るのは久しぶりだったが、袖を通すと自然に背筋がすっと伸びるから不思議だ。ビニールシートが取り払われたリムジンの後部座席に座って、再び先程のビルへと向かう。今度は大丈夫。昔取った杵柄か動作の一つ一つに気を払いながら受付を通ってエレベーターに乗り込む。そうして通されたのが、ここ。
 見晴らしのいい応接室だ。


 弟が到着したと知らせがあったらしい。
 俺は彼女との話を中断して、下の階の応接室に向かう。
 弟はきっと、なにがなにやらわからずに混乱をきたしていることだろう。俺だってそうだったんだ。無理もない。応接室には、夜景をバックにして佇むスーツ姿の男がいた。かつての弟そのものだった。
「驚いたろ」と声をかけると、振り返って爆笑する弟。清潔感が漂うさっぱりした顔をしていた。
「兄貴、そのまんまかよ。オレ、気後れしたから、着替えさせてもらっちゃったよー」
 弟が俺の恰好のことを言っているのだと気付くまで時間がかかった。確かにそのまんま来てしまった。慌てていたから仕方ない。なんせ、ことは急を要した。
 彼女の祖父であるこの企業のボスは、かつて小さな町工場を経営していた。うちの親父とと旧知の仲で、俺もよく知っている。ところが、その町工場が地上げ屋の策略に嵌って破産させられてしまい、それを助けようとした親父はヤクザから目を付けられてしまう。それでもなんとかしようとした親父は工場に残っていた借金の肩代わりを引き受け、当時出せるだけの財産を全て彼に持たせて夜逃げさせたのだ。当時のうちの会社は景気が良かったので、そこまでしても取り返せるだけの目処があったのだ。その後、借金を完済し、地上げ屋に二度と彼と彼の家族に近寄らない誓約書を書かせ、その分の金まで払った。親父が死ぬ気で助けた相手だった。その彼が先日息を引き取る間際に残した遺言書に、うちのことが書かれていたというのだ。
 親父が死んだ後、うちの会社が倒産したことを風の噂に知った彼は、今こそ親父へ恩を返す時だと、長年俺たちの行方を探していたらしい。警察や行政にも依頼して捜索していたが、ホームレスになった俺たちは見つからず、仕方なく遺言をしたためた。俺たちを見つけた暁には、俺たちを会社に迎え入れて戦力になってもらうようにと。
 彼には息子がいなかったこともあったのだろう。
 そんな折、俺が警察に逮捕されて、名前や生年月日など諸々を含めて個人情報を取られた。その情報が警察からリークされて孫娘が訪問してきたというわけだ。そこまでを簡単に説明し終えると、弟がつまりと切り出した。
「オレたち、ここで働けるってこと?」
「そういうことらしい。だが、今の俺たちが果たしてこの会社の戦力になれるかどうかが」
「兄貴なら大丈夫だろ。鈍ら刀になってても打ち直せばいい」
「おまえこそ。筋トレを継続していた甲斐があったな。スーツが恐ろしく似合う」そこかよと笑って突っ込む弟。先程から弟に向けられた孫娘の熱い視線にはまだ気付いていないらしい。
「そう言えば、コレ、忘れずに持ってきたぜ」そう言って、弟はジェット27を持ち上げた。
「そうだな。せっかくだから、これで乾杯といくか」
「グラスホッパーで頼むよ。お嬢さんも一緒にどうだい?」
「ではぁお言葉に甘えていただきまぁす。グラスホッパー好きなのでぇ」
 孫娘はのんびりした言葉からは、想像し難いキビキビした動きでヒールの音を響かせて応接室の端に設えられたバーカウンターに近付くと、シェーカーを取り出し次いでメジャーカップとホワイトカカオリキュールとクリームを並べていく。その手つきは慣れたものだった。
「本格的だね。それに材料がよく揃っていたもんだ」と弟が感心すると、孫娘は頬を染めながら、こう見えて元バーテンダーだったんですぅと答えた。カクテルグラスが三人分。彼女がシェカーを振っているのを眺めながら、俺は弟に向かって口を開いた。
「なぁこのジェット27をくれた時におじいさんが言ってたこと、覚えてるか?」
「いや。わかんね。なんか言ってたのか?」
「ああ。人生に活路を見出す一本をって」
「へぇージイさん上手いこと言ったな。その通りじゃん」
 そう言って満足そうに笑う弟の背後に広がる夜景の空を一筋の流れ星が走り抜けていった。


  ※ペパーミント・ジェット27
 口に含めば清涼感を、胃に入れば消化促進を促すペパーミント・リキュールのトップを走り続けるジェット27。南フランスに住むジェット兄弟によって開発された。科学の才能に恵まれた兄のピエールと経営の才能を持つ弟のジャン。緑色の石油ランプ型をしたユニークなボトルに赤いラベルとキャップのデザインを思いついたのはジャンだ。27とは当時のアルコール度数だったが、現在は21度に変わっている。原料のミントは南フランス、イギリス、モロッコ、ポーランド、日本のものなどを使用。フレッシュで上質な風味はミントキャンディーを思わせる。そして、ジェット27と言えば「グラスホッパー」。バッタと名付けられたこのカクテルは、ホワイト・カカオとクリームを合わせてシェイクしたチョコミントのようなまろやかな味が特徴で女性人気も高い。また、美しい色合いを楽しむならジンと合わせた「青い珊瑚礁」もオススメだ。