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人生×リキュール ペパーミント・ジェット27

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 飯は食ったのだろうか。気になって仕方がない。なんせ、ホームレスとなってからは、常に一緒に行動し、離れたことはなかった。今回が初めてだ。些細なことで喧嘩をすることはあったが、丸一日不在にすることはまずなかった。不在にするような用事もないしな。だから、余計に弟がどうしているかが気にかかる。雪対策はしたのだろうか? 俺は目の前にある半分残ったハンバーグをじっと見つめた。これを持って帰ることができれば・・しかし、突然のことだったので当たり前だが、タッパは疎かビニール袋すら持ってきていなかった。せめてパンがあれば良かったのになぁと肩を落としながら、明日には出れる心算でいるがその約束はどこにもない。
 あの老人は、俺の無実を証言してくれただろうか?
 ここは段ボールハウスより居心地はいいが、やはり弟がいないのは頂けない。かといって、弟に犯罪を薦めたくはない。犯罪者はホームレスより下だ。刑務所は確かに衣食住が保障されている。だが、人としてそれだけは避けたいし、弟にもそうなって欲しくはない。だが、熱血タイプの弟のことだ。もし、俺がこのまま投獄されるとなれば、自分も何かしらの軽犯罪を犯して刑務所まで乗り込んできそうな気配がする。俺たちの身分上、弁護士を雇うことはできないから法廷でやりあうことはできないだろうから。そうなったら困ったもんだ。確か拘束時間は72時間ほどだったはず。なるべく早目に解放してくれるといいのだが・・


 深夜、寒くて目が覚めると雪が降ってきていた。
 紙屑みたいな雪だったので積もる心配はなさそうだが、それにしても冷える。ホームレスになって何度か雪は経験したし雪に閉じ込められたこともあった。けど、ここまで冷えを感じはしなかった。兄貴がいないからかなぁ。
 抱き合って寝てるわけでも、寄り添って暖をとっているわけでもねーのに、なんでかな。二人でいる時に感じなかった冷えが襲う。なんだかな。これが孤独ってやつなのかもなぁ。だとしたら、ホームレスにしても一般人にしてもお一人様はやっぱしんどいな。誰もいない寂しさだけじゃなく、寒さにまで耐えなきゃならん。そりゃあ、死んでしまうわ。オレもこのままボッチ続いたらヤバいな。話し相手もいなくて、朝から晩まで来る日も来る日も一人で暮らしていけるんかなぁ。兄貴がいたって過去があるから正直言って、孤独感が増すだろうしなぁ。自信ねーな。時の流れが今感じてるよりはるかに遅くなるんだろうから、それが辛くて毎日親父とお袋の墓参りに行っちまうかもしれん。終いには墓場に居すくかもしれん。それって、もう幽霊みたいなもんだなぁ。生きてんだか死んでんだかわかったもんじゃねーなぁ。つか、兄貴いつ帰ってくるんだろう?
 このまま、兄貴の罪が晴れなくて刑務所にぶち込まれたらどうすっかなぁ。オレも行こっかな、刑務所。そこらに歩いてる小学生をちょっと拉致するとか、万引きとか銀行強盗とかなんか適当な軽犯罪して捕まったほうが早いよな。きっと。あーでもダメだ。それきっと、兄貴に怒られるやつだ。兄貴だけじゃなく親父にも怒られるだろうな。犯罪なんて人として最低なことはするなって、いつも言ってるからなぁ。オレは別に目的のために手段は選ばない派だから別に構わないんだけど。オレのこういうところ、くそ真面目な兄貴は嫌いだから、いっつも怒られるからな。むー・・・止めとくかぁ。じゃあ、どうするか。あ、ジジイだ!
 あのジイさんのところに出向いて、ジイさんの家族に無実を証言してもらうほうが手っ取り早そうだ。なんか痴呆入ってるっぽかったから、ジイさんが覚えているかが若干不安なんだが、これしかねぇ。うし。明日の朝いちからジイさん探しを始めよう。とりあえず、考えがまとまったのでオレは再び冷えた寝床に這いずりこんだ。
 明日の朝、凍死してませんようにと祈りながら。


 翌朝、朝飯が差込まれる音で目が覚めた。
 看守に今の状況を訊こうと思っていた俺は寝過ごした己を責めながら、朝食に手を付け始めた。
 弟の好物の塩鮭だ。箸が止まる。鮭だけでも持ち帰れないものだろうかと考えを巡らす。鮭をほぐして白米に入れ込んで握り飯のようにすればいいのではないかとポケットを漁るがなにも見つからない。それもそのはず。ここの入れられる前に、身体検査をされて怪しいと思われるものは全て提出させられたのだ。四つに畳んだ新聞紙の切れ端などなんの役にも立たないだろうが、その時に没収されたことを思い出す。困ったなぁ。俺は看守に声をかけてなにかをもらおうとしたが、看守は鼻の頭に皺を寄せただけで無視された。だが、この鮭はなんとしても持ち帰りたい。どうしたものかと腕を組んで思案しているとズボンの後ろポケットがほつれていたことを思い出した。
 これだ!俺は早速ズボンを脱ぐと、後ろポケットを挽き出して破いた。それから、鮭をほぐして白米で包んで握り飯にするとポケットのキレイな方の布地で包んで、ズボンの右ポケットにしまった。左ポケットにはパック牛乳を入れる。これでよし。満足して顔を上げると、眉間に皺を寄せた看守と目があった。なにか言われるかと慌てて視線を逸らせたが、看守は特になにも言ってはこない。その日の午後、俺は出所した。
 徘徊が日常茶飯事だった老人の家族は、まさかこんな大事になるとは思っていなかったらしく、諸々の手続きに手間取ってしまったようだ。なにはともあれ、俺は晴れて娑婆に戻ってこれた。弟のことが気になった。
 ポケットから例の鮭握りを取り出して、大切に抱えた。きっと弟は朝飯がまだだろうから、これを喜んで食べてくれるだろう。弟の喜ぶ顔を想像して頬が緩む。
 住居を構える公園の入り口辺りに人集りができていた。パトカーが止まっている。またか、と嫌な予感に駆られた。いったい今度はなんだ? 野次馬を押しのけて公園内に入る。警官が複数とその後ろに広げられた青いビニールシート。俺の足が止まる。
 あそこは・・
 俺たち兄弟が住居を構えていた場所だ。体中から血の気が引いた。昨夜は雪がちらついたほど気温が下がったのだと、電気屋の店頭に並べられたテレビに映ったニュースで知った。まさか・・!
 俺の手にした鮭握りがガタガタと震え始めた。重たい足を引きずるようにしてビニールシートで覆われた場所に向かう。警官が、なんだあんたと言って行く手を塞いだ。
「弟が・・」それしか言えなかった。だが警官はそれだけで察したらしく、すんなり道を空けた。
 俺はビニールシートを捲った。懐かしさすら感じる俺たち兄弟の段ボールハウス。ビニールシートでしっかりと補強されている。俺は手をつくと、入り口から中を覗きこんだ。人が横たわっている。毛布に包まって後ろを向いているので弟かどうかはわからないが、ここに寝ているのだから間違いないだろう。ああ・・・なんてことだ!
 俺は弟の亡骸に縋って泣いた。俺が老人を助けたばっかりに、弟を失うことになるなんて!


 公園の入り口が騒がしかった。