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人生×リキュール ペパーミント・ジェット27

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 せめて弟だけでもまっとうな生活に戻してやりたい。だから、俺はご破算になったかつての弟の相手に会いに行った。弟のことをまだ愛しているのなら、もう一度考えてみて欲しいと頼んだ。
 けれど、彼女の反応は絶望的なものだった。
 まず俺のこの姿に対して不快感を露にしていたし、弟のことを出しても冷ややかな瞳に変化は見られなかった。弟に紹介された時には穏やかで優しい女性だと感じたが、社会格差はそれぞれの人格を凌駕するらしい。それは、社長時代に付き合いのあった人間にも言えることだ。弟だけでも世話をしてくれないかと尋ねていった時にも、親父や俺に世話になっている関係上あからさまな態度こそ見せぬが、食い下がると苦笑いをしてやんわりと追い返されてしまった。
 見返りを求めて親切にしていたわけではないので詮無いことだが、人の無情さが身に滲みてなんとも虚しい。
 だが、なんとかして弟だけでもこの生活から脱出させてやりたい・・


 雪が、降るかもしれないな。
 警察は一度捕まえたものは簡単には釈放しない。兄貴が今日中に戻ってくる可能性は低いだろう。
 オレは、ビニールシートを広げて家の補強をし始める。
 ぱらっと降る程度ならいいが、万が一にも大雪になるようなら生死に関わる一大事だ。
 家の補強を終えたオレはお湯を沸かしてコーヒーを入れる。今日はどこにも行かないほうがよさそうだ。空腹感が限界に達したら、残っているカップラーメンに手を付けようと決める。
 兄貴は飯を食ったのだろうか?
 牢屋は臭い飯が出るというが、少なくとも残飯よりはマシだろう。この生活を始めてから二回冬を乗り越えた。無知識未経験だった最初の年は本気で凍死するかと思ったが、兄貴と二人で協力してなんとか凌ぎきった。
 そうだ。オレたちはいつだって二人でやってきた。
 ガキん時からずっと二人で助け合って生きてきたんだ。
 多忙で不在が多かった親父と、体が弱くて寝込んでばかりいたお袋を支えながら二人で家事を分担してこなして。成人してからは兄貴は親父の会社に、お袋が死んじまったタイミングでオレは家を出て報道の仕事に就いた。だけど、昼夜関係ない激務でオレは体を壊して実家に戻ってきた。落ち込むオレに兄貴は、神様か誰かがうちの会社で働けって言ってんだと励ましてくれたんだ。その頃の親父の会社は右肩上がりで、猫の手も借りたいほどの忙しさだったから、色々と事情を知ってる身内のオレは大歓迎だったのだろう。
 実家でお袋と枕を並べて静養して元気になったオレは、親父の会社で営業として一から学びながら働くことになった。なんだかんだとあの時代が絶頂期だったのかもしれない。オレは兄貴と、まるで虫取りでもするような感覚で新しいお得意先を次々と開拓していった。
 楽しかったなぁ。
 話術に長けたオレと説得力のある兄貴。オレたちは向かうところ敵なしの最強のバディだった。だから、親父が倒れた後も二人で会社の経営を続けていけたんだ。兄貴の親父譲りの人の良さが仇になって倒産しちまうまで、それはそれで充実してたと思う。紛い成りにも共同経営者として会社を切り盛りしてたっていう経歴が残ったんだ。誇らしいことだとオレは思ってるけど、兄貴は歳のことを気にしているからなぁ。
 ああ見えて意外と世間体を気にするタイプなんだってホームレスになって初めて知った。オレはホームレスだろうがなんだろうが、兄貴と生きていけりゃあ別に構わないんだが、兄貴はなにかにつけてオレに謝ってくる。
 すまないとか、俺のせいでとか、残飯が多めに手に入ったホクホクの帰り道にそんなことを言うもんだから、正直萎えるんだ。オレはなにも気にしてないのにさ。
 オレは、どんな暮らしでも、どんなにどん底でも、少なくとも兄貴っていう家族と一緒なんだ。悲しくも怖くも情けなくもない。ホームレス生活を始めた当初は色々慣れなくて、マジかあって挫けそうになることも多かったが、でもさ周りを見てみろよって言いたいね。他のホームレスやホームレスじゃないにしても一般人でも家族も恋人もいない独り身のなんと多いことか。毎日を孤独に過ごして、孤独に死んでいくんだ。ホームレスが襲撃される事件だって頻発してるが、全部独り者ばかりが狙われてる。
 家族に見限られたのか捨てられたのか、それとも自分が捨てたのか。そもそも帰るところがないのか、詳しい個別の事情は知らないけど、独りぼっちほど寂しいことはない。
 オレたちだけだぞ。兄弟二人で助け合って生活してるのなんて。だのに、兄貴はそこは見ないんだなぁ。
 人に親切にしてこうなったんだから、自分がした親切に後悔なんてして欲しくないんだけどなぁ。
 オレがいるから兄貴はそんなことを思っちまうのかな?
 とにかく、オレは兄貴には普通の生活に戻って欲しいんだ。
 チャラついた専門卒のオレと違って、国立大を卒業している兄貴はとにかく頭がいいし、六十代でもまだどうにかなると思うんだが。だけど、世間ってもんは冷たいんだな。兄貴が親切にしてやってた幾つかの会社の役員を尋ねて兄貴の雇用を頼んでみたが、どいつもこいつも虫けらでも見るような顔しやがって。オレがもう少し若ければぶん殴ってやるところだ。ちゃんと、顔は洗って汚れの少ない服で行ったんだが、ダメだったらしい。
 自分たちが困っている時には、揉み手の低姿勢で近付いてきてたくせに、これが現実だ。
 それでも、どうにかしてやりたいなぁ。コーヒーを飲み終わったオレは、暇なので筋トレを始めた。勤め人時代から欠かさずやっている習慣だ。筋肉自体は衰えてしまったが、筋トレをしていると気持ちが落ち着くので好きだった。そういえば、あのジイさんはどうしたかなぁ。家族に会えたんかなあ。ジイさんがくれた鮮やかな緑のボトルはみかん箱のテーブルの上に鎮座している。ジェット27と読めたが何味なのか不明だ。まぁいいや。きっと兄貴が知ってるはず。釈放されたら一緒に飲んでみるか。


 寒さで目が覚めた。
 自分がいるのがどこなのか、一瞬戸惑ったがすぐに思い出す。ここは留置所。俺は無実の罪で逮捕されたんだ。見上げると窓の外は闇に染まっている。どのくらい寝ていたのだろうかと己の神経の太さに驚く。
 金属がぶつかるような音がして、銀色のトレーに盛られた弁当スタイルの夕飯が差込まれてきた。ハンバーグだった。空腹を感じた俺は再びがっつく。冷えてはいるが真っ当な食い物だ。しかし、これじゃあまるで豚だなと箸を動かしながら己を揶揄する。肥えはしないだろうが、生かされている状態。監視されているという視点を変えれば保護されていると言い換えることもできるから一概に悪くはないのか。
 弟はどうしているだろうか?