日本 むかし 小話
翁は借金取りに追われ、媼は悪いうわさや嫌がらせに困り果てておった。
「じさま、何とかお金を工面せねばなりませんねぇ」
「ばさまや、金儲けの名案は無いかの?」
「手品でも練習して、枯れ木に花でも咲かせたらどうですかねぇ?」
「パフォーマンスは苦手じゃぁ。それにこの木は柿の木じゃ、いたずら者のモンキーが渋柿を投げよる」
「そんな猿、小槌で叩いたら、小判でも出て来んじゃろか」
「無理じゃろ。それより鶴でも助けて、恩返ししてくれんかのう」
「わたしこの前、舌を切られたスズメを助けてやったが、なぁんも音沙汰なしじゃぁ」
「また奇跡でも起こらんかのう?」
結局、翁と媼は耐えられず、二人して夜逃げするしかのうなってしもうた。
行き着いた先は、ある小さな漁師町じゃった。
二人はその浜辺の近くにあった、古い空き家で暮らしはじめよった。
「ああ何を隠そう、ここは以前わしが住んでおったところじゃ」
「じさま、竹取りの前は魚捕りをしておらしたんじゃの」
「そうじゃ、昔から竹で釣竿や魚籠を作るのが得意だったんじゃ」
翁は囲炉裏に魚を吊るしながら話しておった。
「なら、まだこの辺りに知り合いがおるんじゃないかの?」
「それがどういう訳かまったくおらんのじゃ。ここにおったのは、そんな昔ではないはずなんじゃが」
「若い頃の話でしょうに」
「そうじゃ、わしは若い時、この浜辺でいじめられておった亀を助けての」
「ほうほう、亀をのう」
「そのお礼に竜宮城と言うホットな店に招かれたのじゃ」
「ふむふむ。お楽しみなさったんじゃな」
媼は翁をじっと見つめながら話した。
「ああ、あれは夢のような時間じゃった」
翁は宙を見上げた。
「でも家に戻って気が付けば、こんなじいさんになってしもうとった」
翁はそう言うと、小屋の床をめくり、地面に埋めた箱を取り出した。
「これじゃ、これじゃ。不思議なことには気を付けねばならん。わしはこいつのせいで年を取ってしもうたんじゃ」
「そうかそうか。それは不思議な煙の入った玉手箱じゃな」
「・・・ばさま、どうしてそれを知っておるのじゃ?」
媼は翁の前に、うやうやしく膝まづいて、
「実はその玉手箱は、わたしの物でございました」
「これは、乙姫ちゃんにもらったプレゼントじゃ」
「はい、確かに。・・・わたしがその乙姫でござりまする」
「はっはっは。信じられん話じゃ。でも竹でも桃でも不思議なことはあるからのう」
「あの時、浦島様のことが忘れられんで、すぐに後を追ったものの、時すでに遅し。竜宮城とこの世はタイムラグが激しいからのう」
「どうしてお前さんまで老婆になっておるのじゃ」
「竜宮の住人は、この世ではあっという間に年を取ってしまうんじゃ。その玉手箱は、双方の時間の進み方を合わせる道具なのですじゃ」
「なんで若さを保つ方に合わせんかったのかの?」
「時間とは一方通行で、逆戻りは出来んのじゃ」
「わしは相対性理論はよう解らん。その後、わしを捜して当ててくれたのかぇ?」
「はい、それからずっとおそばにおりましたじゃ」
「なんといじらしいのじゃ。ばさま~♡」
「ああぁ、じさま~♡」