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桐生甘太郎
桐生甘太郎
novelistID. 68250
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僕が死んだ後の話

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病院からの道道、“成仏しなかったら、どうなるんだろなあ”と考えていた。

これから僧侶が施す供養があって、それでも僕がこの世に居着いてしまったら。駅前ロータリーで、人を次々脅かしては空振りに終わっていた、あの幽霊のようになるのか。

“それも楽しいかもしれないな。たまには気付いてくれる人も居るんだろうし。幽霊同士なら話も出来る”

僕は奇妙に前向きで、なんとなく、家族が塞ぎ込んでいる家に戻る気にはなれなくて、駅前に戻った。



そろそろ夕暮れ時で、さっきより幽霊が増えた気がする。やはり夜に活発になるんだろうか。

「お、新顔。さっきはどこに行ってたんだよ」

そう言いながら近づいてきたのは、初めに駅前ロータリーを通り過ぎた時に話し掛けてこようとした、毛むくじゃらの人だった。

「病院に」

僕が返事をすると、本当に僕が幽霊で、人と喋れるのが嬉しかったのか、彼はもじゃもじゃの頭を掻きむしって笑った。

「病院?何しに行ったんだ?自分の体に戻ろうとでもしたのか?」

「いえ、そこまででも…ただ、体を確認しに行ったんです」

そう言うと彼はくるりと後ろを向き、片手をこちらに見えるようにぷらぷらと振った。

「あーあー、それは誰しも通る道だな。俺もやったよ。死んだなんて、言われたって分かんねえもんだ」

僕はなぜか、そう言われるのが、悲しくも悔しくもなかった。自分もそんな思いをしたからだ。

僕は歩き出した彼の後についていく。

「それで、あなたはこの辺りをお住いにしているんですか?」

「おうよ。大体ここいらぶらついてるな」

「そうですか…」

そこで僕は、ずっと誰かに聞きたかった気持ちを、彼に聞いてみる事にした。

「あの、僕達は、幽霊ですから…もう、叶えられる物も、満ち足りた生活も、ないんでしょうか…?」

しばらく彼は何も言わなかったが、振り向かないままでこう言った。

「墓場の供え物なら、煙草も吸えるし、酒も飲めるぞ」

それは慰めのつもりだったのだろう。だが、僕の頭の上に、大きな石がドンと落ちてきたように、目の前が真っ暗になった。毛むくじゃらの幽霊は振り返る。

「やり切れない気持ちは分かるけどな、こうなった以上仕方ねえ。俺達にはもう“今の自分”しかねえのよ。続いていく生活の為にへーこら働く事もねえし、下げたくない頭を下げる必要もねえ…」

その時彼は僕を見ていなかったが、横を向いて目を伏せた彼の表情は、とても義務の無い生活を楽しんでいるようには見えなかった。

僕はその時、“家に帰って妻の様子を見なければ”と思った。



「ただい…まって言っても、誰も聴こえないか…」

口にしかけた“ただいま”を独り言の内に揉み消し、僕はリビングに入った。でもそこには妻は居なくて、僕の両親だけが居た。

「なあ、お前、そんなに泣くな」

父は、泣いている母を慰めている。

「だって、あの子も華子さんも可哀想だわ、こんなに早くになんて…」

「でも、医者の話では、夜の内に眠るようにだって言ってたじゃないか…苦しみがなかった事だけは救いだと思おう…」

「そんな事言われたって…!」

母さんの涙はもっと激しくなった。僕だって泣きたかった。

“苦しみがなかった”

たとえそうであっても、僕は幽霊になって、家族や友人と引き裂かれてこの世に放り出されたんだ。こんな事ってあるもんか。

「父さん…母さん…父さん…!母さん…!母さん…!」

繰り返し二人を呼んでも、彼らは互いに支えようと身を寄せ合っているだけだった。

でも、僕は華子の様子を見に来たのだしと、家の中を探したが、華子は居なかった。弟の龍二も居ない。姉の千歌はキッチンに居た。千歌姉さんは食事を作っているようだった。

“華子と龍二はどこに行ったんだろう?”

僕がリビングのテーブルを見ると、そこには葬儀屋のパンフレットが置いてあった。街で一番大きいホールを持っている所だ。

“ああ、とうとうお別れか…”

僕の体は燃やされ、遺骨を拾い集めたら、家族もまた散り散りにそれぞれの生活に戻るんだろう。

僕の心には冷たい風が吹き、だんだんと一人ぼっちになる時が近付いているのが悲しかった。


作品名:僕が死んだ後の話 作家名:桐生甘太郎