僕が死んだ後の話
病院からの道道、“成仏しなかったら、どうなるんだろなあ”と考えていた。
これから僧侶が施す供養があって、それでも僕がこの世に居着いてしまったら。駅前ロータリーで、人を次々脅かしては空振りに終わっていた、あの幽霊のようになるのか。
“それも楽しいかもしれないな。たまには気付いてくれる人も居るんだろうし。幽霊同士なら話も出来る”
僕は奇妙に前向きで、なんとなく、家族が塞ぎ込んでいる家に戻る気にはなれなくて、駅前に戻った。
そろそろ夕暮れ時で、さっきより幽霊が増えた気がする。やはり夜に活発になるんだろうか。
「お、新顔。さっきはどこに行ってたんだよ」
そう言いながら近づいてきたのは、初めに駅前ロータリーを通り過ぎた時に話し掛けてこようとした、毛むくじゃらの人だった。
「病院に」
僕が返事をすると、本当に僕が幽霊で、人と喋れるのが嬉しかったのか、彼はもじゃもじゃの頭を掻きむしって笑った。
「病院?何しに行ったんだ?自分の体に戻ろうとでもしたのか?」
「いえ、そこまででも…ただ、体を確認しに行ったんです」
そう言うと彼はくるりと後ろを向き、片手をこちらに見えるようにぷらぷらと振った。
「あーあー、それは誰しも通る道だな。俺もやったよ。死んだなんて、言われたって分かんねえもんだ」
僕はなぜか、そう言われるのが、悲しくも悔しくもなかった。自分もそんな思いをしたからだ。
僕は歩き出した彼の後についていく。
「それで、あなたはこの辺りをお住いにしているんですか?」
「おうよ。大体ここいらぶらついてるな」
「そうですか…」
そこで僕は、ずっと誰かに聞きたかった気持ちを、彼に聞いてみる事にした。
「あの、僕達は、幽霊ですから…もう、叶えられる物も、満ち足りた生活も、ないんでしょうか…?」
しばらく彼は何も言わなかったが、振り向かないままでこう言った。
「墓場の供え物なら、煙草も吸えるし、酒も飲めるぞ」
それは慰めのつもりだったのだろう。だが、僕の頭の上に、大きな石がドンと落ちてきたように、目の前が真っ暗になった。毛むくじゃらの幽霊は振り返る。
「やり切れない気持ちは分かるけどな、こうなった以上仕方ねえ。俺達にはもう“今の自分”しかねえのよ。続いていく生活の為にへーこら働く事もねえし、下げたくない頭を下げる必要もねえ…」
その時彼は僕を見ていなかったが、横を向いて目を伏せた彼の表情は、とても義務の無い生活を楽しんでいるようには見えなかった。
僕はその時、“家に帰って妻の様子を見なければ”と思った。
「ただい…まって言っても、誰も聴こえないか…」
口にしかけた“ただいま”を独り言の内に揉み消し、僕はリビングに入った。でもそこには妻は居なくて、僕の両親だけが居た。
「なあ、お前、そんなに泣くな」
父は、泣いている母を慰めている。
「だって、あの子も華子さんも可哀想だわ、こんなに早くになんて…」
「でも、医者の話では、夜の内に眠るようにだって言ってたじゃないか…苦しみがなかった事だけは救いだと思おう…」
「そんな事言われたって…!」
母さんの涙はもっと激しくなった。僕だって泣きたかった。
“苦しみがなかった”
たとえそうであっても、僕は幽霊になって、家族や友人と引き裂かれてこの世に放り出されたんだ。こんな事ってあるもんか。
「父さん…母さん…父さん…!母さん…!母さん…!」
繰り返し二人を呼んでも、彼らは互いに支えようと身を寄せ合っているだけだった。
でも、僕は華子の様子を見に来たのだしと、家の中を探したが、華子は居なかった。弟の龍二も居ない。姉の千歌はキッチンに居た。千歌姉さんは食事を作っているようだった。
“華子と龍二はどこに行ったんだろう?”
僕がリビングのテーブルを見ると、そこには葬儀屋のパンフレットが置いてあった。街で一番大きいホールを持っている所だ。
“ああ、とうとうお別れか…”
僕の体は燃やされ、遺骨を拾い集めたら、家族もまた散り散りにそれぞれの生活に戻るんだろう。
僕の心には冷たい風が吹き、だんだんと一人ぼっちになる時が近付いているのが悲しかった。