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桐生甘太郎
桐生甘太郎
novelistID. 68250
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僕が死んだ後の話

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帰宅したら、もしかしたら妻に叱られるかもしれないと思っていた。僕に責任は無いにしても、今日は出社をしてないのだから。

でも僕は玄関から上がり、元通りに自分の家へ帰ってきた。

“そういえば、彼女は今朝ずっと泣いていたが、どういう訳だったんだろう?”

僕がそう考えていると、リビングから話し声がしてきた。大勢の声と、妻がまた泣いている声が聴こえる。

「どうした?客人かい?帰ったよ」

そう声を掛けてリビングへ入ると、そこに居たのは、僕の父母や姉弟と、妻だった。

その場にはただならぬ異様な悲しみが留まり、その中で妻はまた泣いていた。

「しっかりしな。お前さんの事は悪いようにしないし…」

僕の父はそう言って妻の肩をさする。

「いいえ、お父さん。そんなんじゃないんです。あたしが悪いんです」

妻はなぜか首を振って自分を責めた。その脇に僕の母が居て、僕の姉は心配そうにその様子を見守り、弟は泣いていた。

「そんなはずはない。早く供養をしてやれば、きっとあいつも悪くは思わないさ」

「いいえ、お父さん…」

“供養!?誰か死んだのか!?”

僕は混乱して、話に入ろうとした。

「なあ!どうしたんだ!死んだって誰が!?」

僕は驚いて声を上げてしまったが、誰も返事はしなかった。全員が緊迫した空気だから、返事をするのが遅れたのかと思ったが、誰も僕の方を見もしなかった。

僕は分かってしまった。

“僕か…?”

自分は、今朝から全員に無視されてきた。おかしいおかしいと思っていたが、死んでいるなら、何のおかしい事も無い。幽霊が見える人間はとんでもなく限られている。

妻はきっと、僕との最後の会話が口論で終わってしまい、僕の死を防げなかった事で、すっかり落ち込んでしまっているのだ。それを父や母が慰めている。

妻は天涯孤独だったので、頼れるのは僕の親類筋だけだった。だから僕の家族達を呼んだのだ。これから僕の葬儀が行われるのだ。

“待ってくれよ…”

僕は恐怖を覚え、思わずこう叫んだ。

「待ってくれよ!僕はここに居る!まだ居るんだ!」

自分の体が燃やされ、今ここにいる僕などではなく、灰になった僕の骨に向かって妻が手を合わせて、また泣くのを想像した。

“僕は?僕は何も出来ないのか?まだここに居るのに!”

何も出来ない事など分かっているし、もう自分が帰る場所も行く場所も無いのに、僕は自分の寝室に入った。そこに僕の体は無かった。多分、病院にあるのだろう。僕は家族が妻を慰めている横で、冷蔵庫に向かった。妻はいつもメモを冷蔵庫に貼るのだ。

震える文字で書かれた電話番号のメモがある。

「瀧川先生 XXX-OOOO T市厚生病院」

そうか。ここに僕の体はあるのか。そう思って僕はちらと妻を振り返り、泣き続けている彼女を見てから、家を出て歩いた。




道道僕は、色んな者に話し掛けられた。みんな死んだ奴らだった。多分そうなんだろう。

「おじさん、おじさん」

子供の声に振り向くと、彼女は目をぴかぴかさせて喜んだ。僕が振り向いたので、仲間だと分かったんだろう。

「おじさん、見てて!」

子供は歩道から飛び出し、車道を走る車へ向かっていく。僕は思わず止めようとしてしまったが、車が通り過ぎると、女の子は何にもなかったように元の場所に立っていて、得意げな顔をしていた。

「危ない遊びは、しちゃダメだよ」

なんとなくそう言うと、彼女はにこにこ笑っていた。


駅前ロータリーには、なぜか幽霊が集まりやすいのだろうか。ロータリーに流れ込んでくる車をすり抜ける幽霊、歩いている人を脅かしているのに、誰にも気付かれない幽霊、コンビニの自動ドアが開かない事を面白がっている幽霊など、五人ほどに出くわした。その全員が僕に興味を示す訳でもないらしい。

周りの幽霊など気にしない奴も、どうやらこちらと話をしたがっている奴も、両方居た。でも、僕は病院に行ってからにしようと思ったので、「なあ」と話しかけてきた中年の幽霊には「後でここにはまた来る」とだけ言った。


幽霊とは、気楽なものだ。もし初対面であっても、もう生身の体などなく、何をどう失敗しても、命や体、責任や立場に危険が及ぶ事は無い。だからなのか、誰に対してもさほど警戒心無く過ごせる気がした。もちろん、僕とコミュニケーションが出来る人は限られるけど。

作品名:僕が死んだ後の話 作家名:桐生甘太郎