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人生×リキュール カルーア

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 だから彼女の踊りはあんなにも大胆なくせに、時々はっとするくらい優雅な部分を垣間見せるのかと納得した。
「今時、家柄とか身分とか貴賤上下に拘るなんてバカげてる。ほんと嫌で、それで」怪しい雰囲気になってきた。
「ちょっと待って。今いくつ?」おれの問いに、答えるのを躊躇しているような一瞬の間があった。
「十九」
「むー未成年じゃん」おれは彼女が手にするカルーアミルクを指す。
「いいの。今月で二十歳だから」
「生活、大丈夫?」
「そういう現実的な感じ? 嫌い。心配なんてされたくなーい」唇を尖らす様子は、まるで子どもだ。だが、強がりを言っても所詮は未成年。大都会で生きていくには、誘惑や危険があり過ぎる。
「でも、君はキレイだし、目をつけられやすい」
「そこらの無知な芋娘と一緒にしないで。どれだけ人の裏表見て育ってきたと思ってるの? 目をつけられたら、逆にそれを利用してやるんだから。見てなさいよ。思うままに生きてやるから」
 そんな彼女の相手は、常に変わった。
 豪語していただけに、怪しげな様子の男を連れてくることはなかったが、高齢に足を突っ込んでいるだろう見た目の相手は何度か見かけた。彼女は男の家を渡り歩くことで生計を立てているらしい。いつからか彼女がクラブに連れてきてはバーカウンターに置き去りにしていく男と談笑するのが、おれの小さな日課になっていた。だが、彼らと話せば話すほど、おれは疑問を抱かざる負えない。彼らが蠱惑されているのは彼女の芸術性ではなかった。彼らが献身的になってしまうほど彼女に見出していたものは、踊っていない彼女が頻繁に見せるあどけなさや、思わず守ってあげたくなるような危うさだ。コイツらには彼女の素晴らしさが見えていないのだと、おれは驚愕を隠し切れない。だが、彼女にとってはそんな男のほうが都合がよかったらしく、我が侭放題好き勝手に振る舞っていた。まるで、相手の包容力を試すかのように。その結果が、短期間での別れである。
「恋なんて炭酸飲料の泡みたいなものだから、問題ないの。口に入れた瞬間は刺激的なんだけど、喉元でパチパチって弾けちゃったらお終いでしょ。だから、あたし炭酸って嫌い」彼女の持論は言い得て妙である。
「あたしは自由よ!だから、思うがままになにをしてもいいの!」人生おーかちゅーと笑い転げていた二十歳になったばかりの彼女。彼女のダンスは、プロですらも真っ青になるレベルにまで磨き上がっていた。だが、ダンスで生きていく難しさはここからだ。
 歌や楽器、演技やお笑い、絵画や手品、大道芸などならば大手プロダクションや事務所にスカウトされて契約となり大々的に売り出されるが、創作ダンスのように実際に見ないとわからない芸術は、娯楽の中では特に舞台やDVD、ネット配信が中心になる。同じダンスでも、バレエやヒップホップ、社交ダンスやフラダンス、ジャズダンス、フラメンコなどとも異なる彼女の放縦なダンスは稀有な存在でもあったので余計だった。
 時に幻想的に、時に嵐のように見る者に圧倒的な映像を焼き付ける彼女の天才的なダンスを、全ての人に知ってもらいたい反面、このまま知る人ぞ知る孤高でマニアックな存在のままでい続けて欲しいという傲慢な欲望が交差して、おれは偽善者だなと心底うんざりする。
 おれはいつの間にか、彼女が自分と同じところで留まっていて欲しいと願うようにすらなっていた。おれと同じ、人生に敗北した者たちの吹き溜まりに。その吹き溜まりの中を照らす光になっていて欲しいと。そんな御都合主義な夢想を抱いていることなど噯気にも出さずに、あたかも彼女の無限の可能性を見守る友として接している。
 かつてはプロのブレイクダンサーになることを夢みていた。
 親に無理を言ってダンスの専門学校に通い、めきめき頭角を表したブレイクダンスの才能は、スクール内では誰よりも突出しており、すべからくおれの前には早い段階から光り輝くプロへの道が出現していた。それなのに、
 配達のバイト中に起きたトラックとの接触事故によって、その輝かしい道は消え失せてしまったのだ。事故の際、運悪く利き足を巻き込まれて重傷を負ってしまう。恐怖の眼差しを滑らせた先、膝から下が不自然な角度に曲がり白い骨が飛び出していた。それでも、粉々になったわけではない。歩けるレベルまで持っていくことはできるとの医者のお墨付きもあり、その時点では諦めていなかった。
 自分の体に自信があり、若かったのもある。
 松葉杖をつきながらのリハビリ生活を経て、一年で完治に漕ぎ着けた。
 けれど、意気揚揚と帰館した己のステージだと信じていた場所で、おれの足は、かつてのように軽快なステップを踏むことができなかった。負傷した足を庇っての体幹が失われた臆病な動作から生まれるリズムは、絶望的。
 仕方ないよ完治したばかりだもんと励ましてくれる顔のどれもが気の毒そうな笑顔を浮かべていた。それは、落選者に向けられる笑顔なのだと知っていた。かつての自分も、脱落者にその困ったような笑顔を向けたのだ。それでも、血のにじむような努力を続けていれば、きっと元通りとまではいかずとも、同レベルにまでなんとか引き上げられたのかもしれない。けれど、人一倍プライドが高かったかつてのおれは断念した。
 つまり、くだらない自分のプライドに負けて、ダンスから逃げたのだ。
 専門学校を辞めたおれは、好きな服のブランドの募集広告を見つけて滑り込んだ。そこでなら、自分は成功できると踏んだのだ。ところが、根っから服好きな本気の奴らに囲まれていつまで経っても村八分。ダンスの世界と同じ、プロを目指す奴らが切磋琢磨を繰り広げていた。あ、無理だなって思っちゃったんだよな・・・
 気付くと、暗闇に覆われた窓の外から雨だれの音が聞こえていた。
 一つの季節が終わっていく侘しさを感じる雨だ。おれは上半身を起こすと、煙草をくわえて火を点けた。
 雨は嫌いじゃないが、足の傷が疼くのにはいつまで経っても慣れない。
 こんな雨の晩だったからな。おれの人生が暗転したのは。
 煙を吐き出しながら彼女のことを思う。そして、かつての自分を彼女に重ねているのだろうかと自問する。
 おれは、彼女の他者の追従を許さない圧倒的な才能に嫉妬している? まさか。じゃあ彼女に、おれが諦めた夢を見出している? かもしれない。それなら、応援すべきなのに、いったいなにが痞えているというのか。

 ロサンゼルスに移住するのだと彼女が言い出したのは、年末も差し迫る頃。
 例の如くフロアをステージに変えて一通り沸かせた後、カルーアミルクを飲みながら嬉しそうに報告してきた。
「けっこう有名な振り付け師みたい。あたしの専属になりたいって」
「君をプロデュースしたいってこと?」
「わかんないけど、楽しそうだから。とにかく行ってみるつもり」
 にっと笑ってカルーアミルクを飲み干した彼女の口の端にはミルクがついている。数々の男たちを魅了してきた幼さの残る挙措。彼女はおれと違って、無限の可能性に満ちているのだなと否応無しに突きつけてくる。
「・・行くなよ」考えもしなかった言葉が口から漏れて、自分でも驚いてしまった。