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そんな男が何故に佑月と仲良くしてくれるかは知らないが、そして何が端緒で仲良くなったのかも当に忘れてしまっておるが、とあれ親友をしてくれる成宮に肖り、最初こそ金魚の糞ポジションを甘んじていた佑月も、成宮の友達たちと絡んでゆくうち、恰も己はそこに受け入れられた者、己もスクールカースト上位の者——ではないやも知れぬが、少なくとも友達と呼べる存在なのではないかとの夢想を繰り広げることになり、爾後執拗までに成宮に付き纏う様になっていった。で、イケメンとは性格もよろしいもので、そんな五歳児が母親に付き纏うが如くの、精神年齢が幼時で止まっている佑月の手前、成宮は決して突き放したりせず、また、どうやら中学校は違うものの最寄り駅は同じなようで、家の方向も佑月の住まう市営団地の延長線上にあることから、尚とその親交は深められてゆくのであった。
云うまでもなくこの男が為佑月はここ最近調子づいているわけであるが——と、責任転嫁するのは良しとせぬが、しかし何か特出したもののない、瓦全たる佑月と友達になってしまったこと自体が彼を調子づける一助を買っているのであるから仕様がない。
そしてその成宮が林間学校でのスキー研修で山崎愛華と懇ろの関係であると知った佑月は、美男美女カップル、しかもスクールカースト上位の者であり、互いに土台から違う、敷居の高い者同士であると、虚心坦懐にその事を祝福したのであったが、さてその山崎愛華から連絡先を交換したいと直々に御指名を受ける形と相成れば、よもや佑月が己はイケてる男だと勘違いするのもむべなるかなではなかろうか。
≪——でもなんで僕と連絡先を交換したかったの?≫
≪ちょっと気になってるからだよ!≫
と、山崎愛華はその下心を明け透けにしてしまったのも、また一つ佑月をつけ上がらせる一因と成り得た。
だが、長年女子と話す機会の恵まれなかった、そこら辺の石ころの裏におるダンゴ虫のような陰気さを稟性として持ち合わせる佑月である。この、明け透けな好意は全くに察しとれぬ——と云うかどこからどう見ても好意でしかないというのに、それを佑月は、
≪気になるってどういう意味?≫
と愚直にも聞き返してしまったのだ。——哀しいかな、長年親族を除いた異性からの好意を受けてこなかったが為に、その感情が分かりかねるのであった。
それからかにかくに他愛のない談話を続けると、山崎の方から電話しないかとの提案。どうやらメッセージを打つのが面倒に思えてきてしまったようで、蓋し佑月も同じ気持ちであった。
——夜は十時であった。
「——あ、こんにちは」
「こんばんは、だね」
そうだね、と軽く笑った山崎。
「学校では話したことないからキンチョーするよ~」
「俺だってそうだよ」
「あ、良かったら愛華って呼んで。皆からアイって呼ばれてるしそれでもいいよ」
「えぇ、なんかそれは一寸恥ずかしいなぁ。じゃ、あいかの下の二文字とって“いか”って呼んでいい?」
「うん! それでいいよ! 今までそんな呼ばれ方されたことなかったから、ちょっと新鮮カモ!」
と、中々に良い滑り出し——なのかどうかは分からぬが、しかしきまずさを感ずることはないからと、手ごたえを感じていた佑月であった。——因みに、この“いか”呼びは、ものの数秒で瓦解した、幻——とは大袈裟であろうが、とあれ僅か一夜の間だけでの呼び名となった。特別感を出したさ過ぎたが故の愚策であろう。
——メッセージでのやり取りが口頭に変わったに過ぎぬ、他愛のない会話であった。が、それに内心嬉しさが溢れんばかりでどうかしそうな佑月であったのは、左様にして女子と長電話するのは実に久方ぶりのもので、かつその相手が何やら己に好意を抱いているのではないかと邪推(との表現は間違った使い方であるが、しかしある意味に邪な推察ではあろう)が、一入の高揚感を尚と助長させる形となったからである。
何しろその山崎の随所の発言には、男を悦ばせる——と云ってもたかが思春期の男児一人掌で転がすことなぞ容易なものであろうが、とあれ佑月はいとも彼女の策略に嵌ったともいえよう、もしやこれは恋の駆け引きなのではと、本格的なモテ期の到来なのではと密かに悦に浸らせる、佑月をして呆気なくすっぽり虜にさせるようなものばかりだったのである。
「——えぇ⁉ 佑月君絶対モテるでしょ~」
「——佑月君だってかっこいいもん」
「——もし佑月君と付き合ったら絶対楽しいだろうな~今も楽しいし!」
「——花火大会絶対行こうね! その時佑月君のこと彼氏だと思ってもいい?」
そして「なんだかあたしたち、付き合ってるみたいだね!」なぞと云うパンチラインで締めくくったのであった。
これでもかと云う程甘な発言の数々に加え、自他共に認めるその美貌も相俟ってしまえば、根っからの童貞男児たる佑月なんぞイチコロであった。また、その時点で既に深更一時をも回っておったのだったから、よもやまともな判断を下せるはずもなかったが、そもそも思春期の男児に一時の性欲を恋慕と勘違いする己の未熟さ自覚出来ようはずもないし、まず思春期からして——殊更に佑月の長年の女性旱が相俟って仕舞えば、彼の性欲の抑えるのは無理難題であったのだ。
しかし、別に意中の人がいた佑月は実こそ最初の時点で——即ち「好きな人いるの?」と初っ端から山崎に訊かれていた時点で大森と云うまた別なる女の名を口にしていたのであったが、それがどうやら山崎の方では何の障害にはならぬ人物と捉えたようであり、佑月に意中の人がいようが一顧だにせず、寧ろそれが余計と山崎を燃え上がらせてしまう仕儀とも相成った様子。
で、〆のあの告白紛いのオトし文句であったから、それに佑月は大森の顔が脳裏に幽かに浮かびはしたものの、
「——じゃあ……付き合おうか」
と、結局性欲に負かされてしまったのであった。———


——I駅のアナウンスが流れ、その駅頭に降り立った佑月と山崎は、所期の映画館へ向かうべく歩を進めた。
調べた限りでは十分もせず辿り着けそうな塩梅であり、そこまで徒歩で行こうと提案した佑月は、「少しゆっくり行こうよ」と大らかでいようと努めるも、その実、単にバス代を浮かしたかったからに過ぎない。どうせ映画のチケットやら諸々は己が買うことになるのは分かり切っておったし、それを厭だと思ってはいないが、しかしバイトをしておらぬ上お小遣いも貰っていない佑月の、数か月前辞めたコンビニバイトでの最後の給料一万円弱では、少しでも費用を浮かせておきたいと思うのは当然でもあった。
しかし、それに山崎は心成しか不貞腐れた様子で、少しくだんまりしてみせた後、首肯こそしてはくれた。
何かそれに一抹の不安を覚えた佑月であったが、しかし案外、その道中では互いの過去を知り合うことが叶い、また途中で寄ったショッピングモールでは、山崎がどうやら今まで探し求めていたらしい化粧類の何か(その何かの名称は確と耳朶に触れていた佑月であったが、まるっきり化粧に興味がない為に訊き返すこともなく、今尚あれが何だったのか分からず仕舞いである。チークの類であったことは確かなはずである)が見つかり、思わぬ出費が嵩むと一瞬肝を冷やした佑月であったが、
「——いや、化粧品は自分で買う」
作品名: 作家名:茂野柿