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人生×リキュール ワニンクス・アドヴォカート

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 先日の公判にて、事件の真相が明かになりましたね。
 まず、真犯人が現れたことに驚きました。
 真犯人は無職の四十代男性でした。
 数日前に勤務態度が悪いという理由から、派遣先を首になり、むしゃくしゃしていたとのこと。
 電車で偶然乗り合わせた被害者男性が、スマホを取り出す際に鞄の中から食み出した社員証を見て、異様に腹が立ち、駅から後をつけて殺害したと供述していました。
 後から調べたところ、犯人はかつて、被害者男性が勤めていた企業に面接に行って不採用となった経験があり、そのことで恨んでいたと主張しているのです。
 そんなことで。
 そんなくだらない理由で。
 その企業に働いていたという理由だけで、無関係な人間の命を奪ったのです。
 自分がしたことは、仕方ないことであって、運命としか言いようがないなどと宣い、反省の欠片も見られない一貫した加害者男の言動を見ていると憎しみが込み上げてきます。
 果たしてそんな不条理極まりないことが許されていいものなのでしょうか。
 そんな一時的な苛立ちの標的にされるためだけに、被害者は生きていたのではないのに。
 被害者が社会や企業に揉まれながら、どんなに扱き下ろされても、不当な扱いを受けても、ストレスマックスになっても我慢して必死に生きていたのかなんて、なにも知らないくせに。
 たかだか、自分の人生が思うようにいかなかったくらいで。
 その代償を他人に求めるのは間違っています。
 道を歩いていて、足下を横切ったアリに腹が立ったから踏みつけたくらいの感覚で人を殺していいわけない。
 それは完全なる悪です。
 そして、あなたが弁護されていた被告人は、犯人の妻でした。
 犯人でもある夫を庇っていたのですね。
 殺人犯じゃなかったなんて・・・
 あなたはそれをご存知の上で弁護されていたのでしょうか?
 真犯人を炙り出すため。いえ、もう真犯人はとっくにわかっていた上で、必死になって夫を庇う健気な妻の心情と正義との間に板挟みになりながら、彼女を庇い続けていたのですか。
 被告人席で泣き崩れる妻の横で、あなたは苦虫を噛み潰すよりも苦渋に満ちた顔をしてました。
 結局は彼女の希望を弁護しきれなかった己の矛盾や正義に向けての表情だったのか、それとも、単純に妻の願いも虚しく飄々と出廷してきた犯人である夫に対してのものなのか窺い知れませんが、被害者家族にとってみれば、証拠証言共に揃った疑いようのない真犯人が現れて逆に救われたのではないでしょうか。
 あなたの弁護は、犯人の妻の無罪を訴えつつも、真犯人である夫を法廷に引きずり出したのです。
 頭が下がる思いでいっぱいです。
 そうとも知らずに、何ヶ月にも渡ってあなたを中傷する内容の手紙を出し続けていたなんて。
 度重なる無礼な言葉、なんとお詫び申し上げていいのやら。
 今は、真犯人を憎むよりまず、あなたにしてきた自分の心ない行いに対して心底後悔しております。
 吠影吠声。我ながら愚かでした。
 誠に申し訳ありません。
  敬具


                  ※



 年が開け、穏やかな日差しに誘われて明るい色を身に纏った野山をモンシロチョウが舞い、木々が芽吹き始めた頃、最後の手紙が届いた。赤いハシバミの花が同封されていた。


  拝啓、先日ひょんなことから、あなたが引退なさったと知りました。
 あの事件の判決が下った日を最後に、弁護士バッジを返上したのですね。
 誠に申し訳ありませんでした。
 これまでにあなたにした無記名での度重なる無礼な手紙に、さぞお心を痛めておられたと思います。
 形はなんにせよ、私はあなたを傷つけていた立派な加害者だったのですから。
 深くお詫び申し上げます。
 本来ならば、二度とあなたの人生に関わるべきではないでしょう。
 ですが、あなたが辞した今、私があのような行動に出た理由を、どうしても知ってもらいたいと思い、逡巡しながらも筆を取りました。

 薄々勘づいておられるかと思いますが、私は被害者の妻です。
 殺害された夫は、物静かでおとなしかったのですが、とても気だてがいい人でした。
 努力家で、それが時として裏目に出てしまうほど、稀に見る純粋な性格をしていました。
 人に頼られることが多く、常に誰かが夫に相談を持ちかけてきていたのです。
 夫は、嫌がるでもなく一生懸命に相手を助けようといつも奮闘していました。人の相談に乗ることはある意味、夫の趣味みたいなものだったのかもしれません。
 私はそんな彼と家庭を築けてほんとうに幸せでした。
 誰かを助けようと頭を悩ます夫を、一番近くで支えられる存在でいようと自分自身に誓っていました。
 それなのに、突然いなくなってしまったのです。
 私達が育んできた全てを壊されて奪われました。あいつに。犯人に。
 あんなに善良だった夫が、なにをしたというのでしょう?
 人の悩みを解決することに喜びを見出していた夫が、あの男になにか危害でも加えたとでもいうのでしょうか?
 納得がいきませんでした。
 変わり果てた夫の遺体を前に、その現実を受け入れる前に、犯人に対しての憎悪が沸き上がってきたのです。
 先に断っておきますが、私は喧嘩っぱやいほうでは決してありません。
 親切の塊のような夫の影から怖々と周りを伺うウサギのような臆病な性格でした。
 ところが、あの時の私の脳裏にあったのは復讐の二文字だったのです。
 被告人が女性だと知ったときから、ますます復讐の炎は燃え上がりました。
 そして、あなたです。
 犯人を毅然と弁護しているあなたの姿に怒りを覚えました。
 この弁護士はいったいなにをしているのだろうかと、憎悪が渦巻きました。
 この世でただ一人のかけがえのない夫を私から奪った人間を、どうして守ろうとしているのかと、恨めしさで息が詰まりそうでした。
 その結果が、あの先走った手紙です。
 誠に申し訳ありませんでした。
 手紙の文面にあなたへの憎しみを打っ付けていた愚かな私は、一方的な思い込みによって夫を殺害した犯人の心理状態と大差なかったのだと気付きました。
 知らないうちに私は加害者になっていたのです。
 まさに、いつか例えにした「ルシファーエフェクト」。
 自分自身が陥っていたなんて、情けない限りです。
 私はあなたへ手紙を書くことによって、自分の中に眠っていた凶暴性や残虐性を理解しました。更に、愚かさや不甲斐なさ、人として恥ずべき行為を己の正義において躊躇することなくやってのけました。
 夫が知ったらさぞかし悲しむことでしょう。
 私はこれから、夫の遺骨を胸にお遍路に旅立ちます。
 それが終わりましたら、出家して尼となる予定です。
 そんなことをしたところで、所詮は自分の慰めであって、あなたを傷つけた償いになるわけではありませんが、そうせずにはいられません。
 なぜなら、あなたは最終判決が下ったあの日、私たち家族に向かって深々と頭を垂れられたのです。
 悪質な手紙で、あなたに過度な負担を強いてきた私には、それを受ける資格などないというのに。
 ごめんなさい。
 申し訳なさと後悔で胸が苦しくなった私は背を向けてしまいました。