あの穏やかな ✕ 椰子の木の下
故郷への帰還
一か月後、マルコは無事、港に帰ることが出来た。そして、あの大きな貿易船『サンタ・アナ号』唯一の生き残りとして、一躍脚光を浴びた。
「マルコさん。新聞社の者です。漂流中の出来事を取材させてください!」
「いや、マルコさん! 手記を出版させてください! きっと大売れしますよ!」
「マルコ様! お持ちの財宝を是非うちの銀行へ!」
「マルコよ。すべては神の思し召し。それは教会に寄付すべきものだ」
マルコはあまりの注目ぶりに、いささか困惑したこともあり、暫くはサンタ・アナ号での出来事を、誰にも告白出来ずにいた。
その船主だったフランコは、さらに大きな商船を建造していた。今も奴隷ビジネスを、なんとしてでも成功させようとしているのだ。それを知ったマルコは、殺された船乗りたちの無念を思い、ついに勇気を振り絞って裁判所に告発したのだが。
「裁判長、マルコ氏の言う事は全く荒唐無稽であります。サンタ・アナ号が貨物を運んでいなかったなど、船主のフランコ氏の認識ではありえないことだと・・・」
「でも確かに、奴隷を五百人輸送する計画だったと、船長が話していたのを僕は聞きました」
「おいおい待ってくれたまえ、マルコ君。私の船は奴隷運搬船ではないのだよ。そのようなことがあるがずない!」
「静粛に! 事実、復路では奴隷をどれくらい乗せていたのか、マルコ氏は知っていましたか?」
「いいえ、裁判長。僕は正確な人数は知りません。しかし三十人程度が荷室に入れられていたようです」
「フランコ氏、もし無届で奴隷を輸送したとなると、それは大きな罪になりますが、何か申し開きされることはありますか?」
「裁判長、奴隷を非合法に運ぶなどありえません。三十と言う人数なら、きっと現地で採用した人夫の数ですな。あれだけ大きな船です。荷物も多いのでそれくらいは必要になったのでしょう」
「マルコ氏、サンタ・アナ号に火を放ったのは、“あなた自身”で間違いないですな?」
「確かにそうです。でも裁判長、あれは海賊に襲われて・・・」
「あれは私の母の名を冠した大事な船だった・・・しかしマルコ君、君は海賊の襲撃から、仲間を守ろうとしてくれたんだね。それは理解しておるよ」
「では、海賊が船を襲撃し、乗員を皆殺しにしたという事で間違いないですな」
「いいえ、違います裁判長。それは監査官が・・・」
「監査官がどこの誰だったのか、警護士が何者だったのか、何も記録が無いのだから・・・」
「では船主であるフランコ氏は、その監査官の乗船を知らなかったという事で間違いはないですか?」
「私は全くもって、そのような人物は存じ上げません。裁判長」
作品名:あの穏やかな ✕ 椰子の木の下 作家名:亨利(ヘンリー)