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手は口ほどにものを云い~掌編集・今月のイラスト~

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 本心を言えば毎日でも誘いたかったのだが、『時折』なのはやはり年齢差が気になっていたから。
 しかし、誘えば幸恵は必ずOKしてくれたし、部内の空気も僕の背中を押してくれた。

【いつから手話を?】
 昨日、テーブルをはさんで幸恵にそう尋ねられた。
【半年くらい前から】
【どうして手話を?】
【君と田辺さんが手話でやり取りしているのを見て興味を持ったんだ】
【そうですか……】
 しばらくの間幸恵の手は動きを止め、幸恵はうつむき加減に視線を自分の手に落としていた。
 何か言いたいのだが、言うべきかどうか迷っている感じ……。
 それを見て僕は腹を据えた。
【いや……幸恵ともっと話したかったからさ】
 幸恵はまた目を丸くした。
 これまでは『君』と呼んでいた、名前をちゃんと呼んだのは初めてだった。
【僕はもう36歳、幸恵より15歳も年上だ、だけどずっと独身だし……恋をしたことがないとは言わないけど、一人の女性と一生を共にして行きたいと思ったのは初めてなんだ】
 もう少しオブラートに包んだ言い方をしようと思っていたのだが、つい『一生を共に』と言う言葉が口を、いや、手をついてしまった。
【あ、いや、幸恵はまだ21歳だし、僕なんかより良い出会いがこの先待ってるかもしれない、そう思うんだ、そう思うんだけど……それでも良かったら結婚を前提につきあってもらえるかな……】
 僕の手をじっと見つめていた幸恵だったが、僕が掌を重ねると、左手を水平にして右手で拝むしぐさ……【ありがとう】だ。
 それからは食事に限らず休日にもデートに誘うようになったし、社内でも公認のカップルと言うことになり、冷やかされたりする毎日なのだが、それが妙に嬉しかった。
 
 それから3か月ほどして、経理部に一本の電話が入った。
「部長、お電話です、藤村さんとおっしゃる方から」
「あ、うん」
 ちょっと焦った、藤村は幸恵の姓だから。
 電話を回してくれた社員も気づいていたようで軽くウインクして見せた。
 幸恵には電話は聞こえないのだが……。
「お電話代わりました、佐藤です」
「お仕事中申し訳ありません」
 電話の相手は落ち着いた感じの中年男性らしき声。
「そちらにお世話になっております藤村幸恵の父親です……」

 終業後、指定された会社近くの喫茶店に向かうと、目印としていたクリーム色の封筒をテーブルに置いた中年男性が座っていた、封筒にはウチの会社のロゴ、間違いない。
「初めまして、佐藤です」
「初めまして藤村です、娘がいつもお世話になっております」
 声の印象と同じく落ち着いた感じで、深々と頭を下げられた。

「早速ですが、娘がお付き合いさせていただいているとか」
「あ、はい」
「結婚を前提に、と仰っていただいたとか……」
「だいぶ年齢が離れていますのでおこがましいとは思ったのですが……」
「いえ、ご存じの通り、あの子は耳が聞こえませんので落ち着きと包容力のある、ある程度の年齢の方の方が、と常々思っていたのです」
「はぁ……そうでしたか……」
 正直言ってほっとした、15歳も上の男になど娘はやれん、と言われるのではないかとハラハラしていたのだ。
「初めてお会いしましたが、娘が言う通りの実直な方のようですね、社会的地位も収入もおありですし、なかなかのハンサムでもいらっしゃる」
「いえ、そんなことは……」
「あなたのような方に想われるとは、願ってもないことだと思ったのですが……」
「……」
 藤村氏がちょっと言い淀む……ちょっと雲行きが怪しくなって来た。
「生まれつき耳が聞こえないあの子と暮らすのは大変です、いえ、会社ではもう1年以上触れ合っていらっしゃるのは承知しています、ですが日々の暮らしとなりますとまた違うのです、夫婦なり家族なりの間ではニュアンスのようなもので伝え合うものも多い、私はもう20年近く手話を使っていますが、それでもまだ伝わりにくさを感じてしまいます」
 そこまで言うと、藤村氏は一口コーヒーを口に運んで言った。
「あの子はあなたに夢中です、浮かれていると言っても良いくらいに……私もそんなあの子の姿を見ているのは嬉しい……ですが、だからこそ今、あなたには慎重になっていただきたいとも思うのです……あの子はやはり普通の子とは違います、耳が聞こえないというのは大きなハンデです、それを乗り越えていけるかどうか、よくよく考えていただきたい……その上でやはり無理だと思われるようなら、きっぱりと別れてあげてください、それがあなたのためでもあり、あの子のためでもあるのです」
「……仰ること、よくわかります……」
 年頃の、しかも障害を持つ娘の父親として色々と心配になる気持ちはわからないでもない、ただ、僕にとっては(何をいまさら)なのだが……。
 反論を始めようとすると、そこに思いがけない人物が現れた。
「おとうあん!」
 幸恵だった。
 どうやら近くのテーブルにいたらしい、ただ、僕らの会話は聞こえていなかったはず……そう思って見回すと派遣社員の吉田さんの姿が目に入った。
 吉田さんは田辺さんと年齢も近く仲が良かった、部内で一番手話を使えるのも彼女だ、そして必然的に幸恵とも一番親しい。
 僕と幸恵の関係は部内で好意的にとらえられているが、吉田さんはさしずめその応援団長と言ったところ、おそらくは昼間電話があったことを幸恵に伝え、一緒にこの喫茶店に潜入していたらしい、テーブルに紙とペンが置かれているのでたぶん話の要点を幸恵に書いて見せていたのだろう、彼女もそこまでは手話を使えないから。
【お父さんは佐藤さんとの交際に反対なの?】
【いや、反対と言うわけではない、彼と会って安心もした、でも……】
 僕も黙ってばかりはいられない。
【お父さんの気持ちもわかってあげなさい、心配なんだよ、それだけ幸恵のことを大事に思っているってことさ】
 話に割り込んできた僕の手話を見て、お父さんが目を丸くした。
【だからって……あたしの気持ちはどうなるの?】
【それは僕が一番わかってるつもりだから大丈夫、幸恵も僕の気持ちはわかってくれてるだろう?】
【うん……】
【僕にはお父さんの気持ちもわかるよ、幸恵が傷つくようなことがあったらいたたまれない、そうなる可能性があるなら最初から排除してしまいたい……違いますか? お父さん】
 幸恵の父親はその質問には答えず、逆に質問を返して来た。
【いつ頃から手話を?】
【1年くらい前からです、幸恵さんと話がしたくて】
【たった1年……それでここまで?】
 幸恵が手話に割り込んで来ようとするのを、お父さんが留めた。
【どうやら私はあなたの気持ちをちゃんと理解していなかったようだ……】
 しばらく思いを巡らせるように手の動きを止め、しばらくして続けた。
【仰るとおり、いつかあなたが幸恵との暮らしに疲れてしまうのではないかと恐れました、耳が聞こえないというのは大きなハンデです、日常生活でも助けが必要なことも多い、父親の私でさえ時にはつらいと感じていました……そのつらさを分かち合えるのはやはり同じハンデを持っている人なのだろうと思っていました……でもそれは思い込みだったようですね】
 深々と頭を下げた。