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オオサカタロウ
オオサカタロウ
novelistID. 20912
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Dogleg

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 姫浦の腕を貫通したナイフは、動脈の数ミリ隣をすり抜けていた。大柄な相手の喉を一突きして無力化したのは見事だったが、そんなことはどこにも記録されない。生き延びるための教育を半年間受けたはずの人間が最初の仕事で大怪我をしたという事実だけが、残り続ける。神崎は、助手席でパーラメントの煙を吐き出す北河が次に何を言うか、予測していた。
「避け方を教えなかったのか?」
「咄嗟に使えるかは、状況次第です」
 神崎が応じたとき、突然の大雨から二人を守っているフォレスターのアイドリング回転が上がり、ファンが動き出した。北河は、足元の送風口から吹き出すエアコンの生ぬるい風を避けるように体を引くと、灰皿に半分以上残った煙草を押し込んだ。
「つまり、期待外れだったってことか」
「いや、逆ですね。姫浦は優秀ですよ。ただ、誰かが常に見張ってないと危ないだけです」
 神崎はフォレスターのギアを三速に落とすと、オフィス代わりに使われている廃倉庫へ続く、細い砂利道に折れた。夜中の三時。できることなら、会話は最小限にしたい。
「上は心配してる。姫浦の資質だけじゃなくて、お前のこともな」
 北河の言葉に、神崎は答えなかった。言いたいことは分かるし、実際そういう話にもなっているのだろう。北河はひと回り年上のベテランで、グループで動くことを好む。大野や重森、垂水といった人懐っこい連中を束ねていて、多少強引でも最短距離の結果を生むから、雇い主の稲場からは高く買われている。影絵のような廃倉庫のシルエットが見えてきて、神崎は北河が口癖のように言う例え話を思い出していた。
『ひとりが散弾銃を一発撃ったら、相手は九発のパチンコ玉を食らうことになる。でも、三人ならどうだ?』
 相手は二十七発を一度に食らう。チームワークの大切さを説きたいのは分かるが、三人が散弾銃を発砲したら、地鳴りのような銃声が鳴る。個人的には、自分の手に一挺の散弾銃があるなら、他の二人は余計に感じる。そう思いながら、神崎は発電機が唸る廃倉庫の中へフォレスターを入れた。エンジン音に垂水が気づいて振り返り、片手を挙げた。
「おう、お帰り」
 神崎は運転席から降りて一礼し、助手席から北河が降りるのと同時に言った。
「全員揃ってるんですね」
 大野と重森が黒のプリメーラにもたれかかって、ボンネットにトランプを広げている。仕事の前になると運試しをして、勝った方が先頭に立つという役割分担をするのが、二人のやり方。人ごとに、色々なルールがある。神崎は二人に小さく頭を下げると、フォレスターのボンネットにもたれかかって自分以外の誰かが発言するのを待った。
「外で待ってろ」
 北河が言い、神崎は肩をすくめた。露骨に仲間外れにするような態度も、無理はない。通用口の錆びついたドアから外に出て、トタンの内側で雨を避けながら外を眺めていると、十五分ほど経った辺りでドアが開いた。左手首から肘にかけて包帯でぐるぐる巻きになった姫浦は、神崎の隣に立つと言った。
「次の仕事は、北河さんがわたしの監視役になるかもって感じらしいです」
「安心しろ、あいつは優秀だ」
 神崎が言うと姫浦は顔をしかめ、包帯が巻かれていない方の手で肩まで伸びた自分の髪をくるくると巻いた。
「えー。本当に、そう思ってますか?」
「そう、顔に書いてあるだろ」
 神崎が顔を向けると、姫浦は髪から指を抜いて、目を伏せた。
「あの、すみませんでした」
「おれ達は成功したんだから、何も文句を言われる筋合いはない。腕はどうなった?」
 神崎が言うと、姫浦は戦績を見せびらかすように、包帯が巻かれた左腕を掲げた。
「数ミリずれてたら死んでたって、田邊さんに言われました」
 神崎はうなずくと、前に向き直った。大雨は一歩も逃げ道を用意する気がないように、目の前を真っ黒に覆っている。話し声がほとんど通らないことを確認してから、神崎は言った。
「北河はチームで動くから、連携のやり方を学べる。連携ができれば、自分にナイフが飛んでくる前に、仲間が撃ってくれるようになる」
「なんか、次の仕事はわたしを前に出すって。どういう意味なんでしょう」
 前に出す、というのは北河のチームが使う『用語』で、銃を持って引き金を引く役割のことだ。神崎は口角を上げると、その意味を理解しかねている様子の姫浦に言った。
「引き金を引けってことだよ。北河の仲間が使う言い回しを覚えろ。あいつらは、そういうのが好きだからな」
 姫浦は何度か瞬きをすると、右手を見下ろした。
「他に、北河さんがよく使う用語はありますか?」
 本人に聞けと言いかけて、神崎は雨音に耳を澄ませた。この雨の中なら、誰も聞こえないだろう。
「そうだな……、次は後ろに乗ってもらうって言われたら、逃げた方がいいかもな」
「どういう意味なんですか?」
「お払い箱って意味だよ」
 神崎が言うと、姫浦は自分がその立場まであと一歩だと言うように、唇を結んだ。神崎が苦笑いを浮かべたことに気づいて、言った。
「貨物船の仕事のことなんですけど」
 神崎がうなずくと、姫浦は右手を顔の前に持ち上げて、細い指を大きく開いた。
「今度は、わたし達を現場に手引きした仲介役の人を消すって。えぐいっすよね」
「仲介役なら素人だろ。簡単だよ」
 神崎は呟くように言ったが、その殺しが姫浦にとって最も難しい類のものだということにも、気づいていた。北河はそれが弱みだと知っているから、敢えてこの仕事で姫浦を『前へ出す』のだろう。戦闘状態に陥らなければ、姫浦は力を発揮できない。しかしその種明かしをしてしまうと、おそらく稲場は姫浦のことを評価しないだろう。仕事を任せるには、危険すぎるからだ。
 姫浦は自分の頭の中を透視されたように、肩をすくめながら言った。
「わたしには、難しいんです……」


二〇二三年 三月 ― 現在 ―
  
 姫浦がトランクを開けると、杉本はリュックサックの中へグロック19を入れ、音ひとつ立てることなく、素早く背負った。朝日に目を細めながら、申し訳程度に整備された林道が一本通る雑木林を見渡し、姫浦がトランクを閉めたことに音で気づいて振り返った。
「道具は持って行かないんですか?」
「はい。警戒されますので。わたしが建物の中に入るので、外から見張っておいてください。合図を出すまでは待機でお願いします」
 姫浦はそう言うと、ベルトクリップに取り付けた小型のナイフに一度触れた。杉本が頷いたことを確認してから、続けた。
「今回、殺す予定はありませんが、もしものときは確実に撃てるようにしておいてください。会話は全てイヤーピースに届きます」
「承知しました」
作品名:Dogleg 作家名:オオサカタロウ