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オオサカタロウ
オオサカタロウ
novelistID. 20912
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Dogleg

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 杉本は短く答えると、助手席に背中を預けた。インプレッサの件は知らないが、兄の芳人が言っていた『連中』の話と特徴が合致する。今から十一年前、芳人は言っていた。『今回はやべーわ』と。今思い返せば、芳人は常に『やべー』状況に陥っている男だった。幼馴染の川添はもう少し立ち回りが上手い様子だったが、結局のところ二人とも顔が広いだけで、実際には不器用でどうしようもない犯罪者だった。知り合いが多いからあちこちから声がかかるが、労力を差し引いたら結局マイナスということもあったはずだ。そういうとき芳人は決まって、『あー、しくったな』と言いながらスマートフォンでゲームをしていた。そんな様子をソファから見ていた自分は十八歳で、まだ信博という本名があり、芳人からは『のぶちゃん』と呼ばれていた。そんな気の置けない仲だから余計に、ゲームなんかしてないで真面目に働いたらいいのにと、漠然と考えていた。兄でありながら、役割的には父でもあるし、友人でもあった。寝起きで適当な朝飯を作ってくれたり、免許を取るときに試験場まで送ってくれたりするが、同時に、何個も携帯電話を持って『やべー』と頭を抱えている情けない存在。今思えば、全ての役割を公平に背負うには、それぐらい適当でないと務まらなかったのかもしれない。
 しかし、芳人が関わっている犯罪は、そんな軽い言葉で済まないものばかりだった。その中でも最も危険だったのが、特殊な人材を仲介するブローカー。川添が主になっていたが、需要側と供給側の両方に顔を売る必要があるから、何か問題が起きたら真っ先に全員の目が向くような立場だ。その中に、護衛を専門とするプロの連中がいた。四人組で、拠点はおそらく海外。芳人は、携帯電話でその四人の話をしていた。相手はおそらく川添だったに違いない。
『四人とも死んだんだな? じゃあ、丸く収まったんじゃねーの?』
 とにかく、それが最後に聞いた言葉になったのだ。芳人はしばらくホテルに泊まると言って出て行ったきり、戻らなかった。十八歳だった自分からすれば、ちゃんとしてくれよと言いながらも全面の信頼を置いていた相手が消えたのだから、もっと衝撃を受けてもよかったのかもしれない。ただ、芳人の生き方を特等席で見ていたからこそ、突然連絡がつかなくなる『最後の日』のイメージは、頭の片隅にいつもあった。ただ、実際に蓋を開けてみると、想像していたのとはだいぶ違っていた。口座に余るほどの生活費が残されていて、生活に困ることはなかったからだ。心配事がひとつ消えて、暇な時間に余計なことを考えるようになった。それは、芳人の行方だけでなく、電話で話していた護衛の四人組がどうやって殺されたのかということ。調べるにあたって信博が出した結論は、自分から業界へ近づくことだった。
 就職活動は、芳人の顔が売れていたことで簡単に進んだ。まずは逃走車のドライバーから始めたが、突破口になったのは三年前に知り合った樋口という武器商人だった。
『用意したのは、バックマークだったかな。うさぎを殺すみたいな22口径。運の悪い奴らだね。仲介役に売られたんだ』
 つまり、芳人は例の四人組を売ったのだ。川添かもしれないが、二人で動いていたのだから、片方だけの責任ということはないだろう。
 杉本は、時速八十キロで流れる景色を眺めながら、言った。
「稲場さんが言ってました。姫浦さんは不死身だと」
「運が良かっただけです」
 姫浦はギアを五速に上げると、大型トラックを数台追い越した。自分が教育係を命じられて、初めて分かったこと。教育係というのは、相当な大役らしい。稲場は『お前の言葉全てが、そいつが現場で下す判断になるんだ』と言った。
 そして同時に、即戦力が求められる業界で教育係をつけられる新人というのもまた、特別だ。つまり、これだけのキャリアを積んで初めて分かったことだが、赤いジャージを着ていたころの自分は、特待生扱いだったということになる。
『お前には、神崎をつけた。何故か分かるか?』
 稲場は昨日のことのように聞いたが、もう十年以上前の話だ。当時の自分は体のどこにも怪我がなくて、自分で命を絶つ力がないから、何かに巻き込まれて死ぬ方法ばかり考えていた。今は逆だ。自分を殺す方法は何通りも思いつくが、同時にそれを避けて生き延びる方法も、同じ数だけ浮かぶ。杉本には生き延びる方法だけを教えたいが、同じ道を辿るなら、自分のように体中の骨を折られなければならないし、蛇のように裂けた舌を真ん中で縫い合わされた上に、左目を失明しかける必要すらある。自分と同じ経験をしろとは、死んでも言えない。
 あのとき、返事を諦めた稲場の答えは合理的だった。
『神崎を選んだのは、怪我の回数が一番少なかったからだ』
 三カ月前、杉本はよろしくお願いしますと言って頭を下げた。思わず同じように頭を下げて、そこからは現場に毎回連れて行った。特待生だから、過去にどういう局面で失敗をして、同時に何を突破口として成功にこぎつけたか、教えられることは全て教えた。杉本は中背中肉で、ビジネス街を透明人間のように歩き回れるタイプ。得意な分野をできるだけ理解しようとしている内に、三カ月はあっという間に過ぎた。だからこそ、今日自分に出されている『課題』は、難易度が高い。バイパスの出口に進路変更し、ギアを四速へ落としながら姫浦は強く瞬きした。昨日、杉本の件で呼ばれたとき、稲場は言った。
『そいつは、うちの昔の案件を探ってる。時間をかけてもいいから、そうしてる理由を聞き出せ。くたばるまでの時間の長さは、その理由次第で決める』
 田舎道に入り、姫浦はスカイラインのアクセルを踏み込んだ。杉本は窓の外を見ているが、その視線はミラー越しに背後を警戒している。
『杉本が調べてたのは 、貨物船の仕事だ。覚えてるな?』
 忘れるわけがない。ナイフは腕に刺さったままだったが、血はどんどん流れ出していて意識も薄れかけていた。それでも一番悲しかったのは、独り立ちしてしまうと、もう自分の周りには誰もいなくなるということだった。姫浦はギアを三速に落とすと、スピードを落としながら言った。
「ガラス張りなので、相手からこちらの存在を悟られないようにしてください」
 三カ月間で、杉本の目的に気づくことはできなかった。行きの運転を任されない理由に、杉本は気づいているだろうか。結果次第では片道切符だということも。姫浦はギアを二速に落として強くエンジンブレーキをかけると、チェーン脱着所へスカイラインを寄せた。昨日下見に来たときと、何も変わっていない。姫浦はシフトレバーをニュートラルに入れて、クラッチから足を離した。杉本が抱える、誰にも言えない事情。そんなものは誰にだってあるし、そもそも事情がなければこの仕事を選ばない。
 三カ月かけて教えたのだ。そう簡単に諦めるつもりはない。
  
 
二〇一二年 三月 ― 十一年前 ―    
 
作品名:Dogleg 作家名:オオサカタロウ