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オオサカタロウ
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novelistID. 20912
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Dogleg

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 神崎は真っ暗な海から視線を外すことなく、MP5Kの銃口を姫浦の頭から引き離した。姫浦は、身体能力が高いだけでなく、殺しの才能もずば抜けている。しかし、精神状態があまりに不安定だ。せっかく能力が高くても、それがいつ爆発するか分からないようでは、雇い主からすれば針のない腕時計を巻いているのと変わらない。双眼鏡をナイトビジョンに切り替えて海に目を凝らせながら、神崎は言った。
「おれと組むのは、あと数回しかないんだ。だから、何度も言ってる時間はない」
 神崎はそう言うと、下がり始めた姫浦の左腕を支えて、高く掲げた。
「必ず銃を使え。この仕事に必要なのは、人差し指だけだ」
 言い終わるのと同時に、黒い絵の具のような海面にゴムボートの姿を見つけて、迎えが来たことに気づいた神崎は、小さく息をついた。姫浦が背中を丸めたまま肩を震わせていることに気づいて、言った。
「中指の方がいいか?」
 両目から涙を拭うと、姫浦は言った。
「人差し指でいいです」
    

二〇二三年 三月 ― 現在 ―

「殺しは、一方的であればあるほど、いいです」
 プリウスの運転席に座る姫浦が言い、助手席に座る杉本は朝日に目を細めながらうなずいた。三カ月の研修がようやく終わろうとしている。武器商人からの転身は珍しい上に二十九歳という年齢もデビューにはだいぶ遅いと、雇い主の稲場は言っていた。不死身のベテランをつけるから安心しろ、とも。三カ月前、姫浦に紹介されたときはダークグレーのパンツスーツを着こなす落ち着いた出で立ちに驚いた。何ごとにも動じないというよりは、驚くために必要な回路が切れているようで、打ち解けるためのきっかけが全く分からないまま、独り立ちの日を迎えようとしている。
 しかし、色々なアドバイスをもらったが、今の言葉を聞いたのは初めてだった。
「段取りが重要ということですか」
「そうです。人を殺すというよりは、一方的に殺せる状況を作り出す仕事です」
「後は引き金だけ」
 杉本が言うと、姫浦は自分の頭で順番待ちをしていた言葉をそのまま聞いたように、口角を上げた。
「その通りです」
 姫浦は静かにプリウスを発進させると、有刺鉄線が脅しのように道路側へ垂れ下がる林道へと乗り入れた。吉松の経営する解体屋は無言の警告を全方向へ放っていて、看板すらない。航空写真で見ると、赤く錆びたひとつの鉄の塊に見えるぐらいに雑然としているが、搬入口だけが例外で、場違いなぐらいに整備されている。そして砂利敷きなのは、タイヤの痕を簡単に隠せるようにするためだ。姫浦は林道をぐるりと回り込むと、裏口から敷地の中へ入った。アスリートシルバーのスカイラインセダンが停まっていて、手に着いた油を真っ黒の手ぬぐいで引き伸ばしている吉松が振り返った。姫浦はフロントウィンドウ越しに頭を小さく下げると、杉本に言った。
「道具は吉松さんが用意します。大抵の場合、車に全部用意されています」
「あの34を使うんですか?」
 杉本の言葉にうなずくと、姫浦はスカイラインの隣にプリウスを停めた。吉松は体ごと向き直り、黒色から薄い茶色にまで色を取り戻した手を振った。
「よう」
「おはようございます、新人を連れてきました」
 運転席から降りた姫浦はそう言うと、吉松が投げたスカイラインのキーを受け取り、トランクを開けた。杉本は、姫浦の速いテンポに慌てながら吉松に一礼すると、隣に立ってトランクの中を覗き込んだ。ファスナーが開いたバッグの中に、AAC製のサプレッサーが取り付けられたグロック19が二挺入っている。姫浦は一挺を手に取って弾倉を抜くと、弾頭を見せた。
「マグテックのフルメタルジャケット。サブソニックです。十五発入っています」
 杉本は、返事を待たずにグロックを置いた姫浦と歩調を合わせるように、もう一挺のグロックを手に取ると、同じ弾が装填されていることを確認してうなずき、元に戻した。姫浦がトランクを閉めたとき、隣に立った吉松が言った。
「朝早くに来るのは、珍しいな」
「予定が急遽変わったので。無理を聞いていただき、ありがとうございました」
 姫浦が頭を下げると、吉松は杉本の方を向いて、眉をひょいと上げた。
「他の連中もこれぐらい礼儀正しかったら、仕事も楽なんだけどな。あんた、キャリア積んでもこんな感じで頼むぞ」
「はい」
 杉本は小さく頭を下げて、敷地を見渡した。普通の解体屋のようで、尋常ではない潰れ方をした車が目立つ。吉松はツナギの内ポケットでひしゃげている煙草を探りながら、言った。
「ここは、あんたらみたいな人間を送り出して、迎え入れる場所だ。帰ってこないときもあるし、余計な物を連れて帰ってくるときもある。姫浦、あんたのインプレッサを案内してやれよ」
 姫浦は小さく首を横に振ったが、吉松は屋根が半分に潰れたキャンターの横に停められた、フェザーホワイトのインプレッサタイプRを指差した。姫浦が諦めたようにインプレッサの方へ歩き出し、吉松は観光案内をするように杉本を手で招きながら、言った。
「十年以上前だったか? 目立っても構わないから、ツードアの速い車が必要だった」
 杉本はインプレッサの前まで回り込み、外されたフロントウィンドウの枠が苔で変色していることに気づいた。ハンドルは装飾されたように刺さった細かな破片でざらついていて、それが人間の体の一部であることに気づいた杉本は、リアウィンドウに目を凝らせた。ガラスは落ちているが、曇り止めの電熱線が所々千切れて垂れ下がっている。誰が見ても明らかだが、この車は後ろから撃たれた。だとしたら、ハンドルに突き刺さっている破片は、ドライバーの骨か歯の一部だ。吉松がハンドルに話しかけるように、言った。
「確か、北河って名前だったな。優秀なやつだった」
「この運転席に座ってたんですか?」
 杉本が言うと、吉松の代わりに姫浦がうなずいた。
「わたしは、後部座席にいました」
 その状況を想像して、杉本は唇を固く結んだ。優秀な連中が入念に準備をしても、先手を打たれたということになる。吉松が杉本の背中をぽんと叩くと、言った。
「後の面子は、見張りをしてた大野と重森か。どう考えても全滅する状況だったけどな、姫浦だけが生き残った。だからこの車はここにあるんだ」
 インプレッサを見ていた杉本は、その視線を姫浦へ向けた。
「無傷では済まないですよね。怪我をしたんじゃないですか?」
「脇腹を二発撃たれました」
 姫浦は恥ずかしい思い出であるように、目を伏せた。その表情がゆっくりと愛想笑いに変わったとき、吉松は杉本の方を向いて言った。
「まあ、姫浦が先生なら安心だってことだよ。体のあちこちに新しい穴が空く可能性はあるけどな」
 姫浦は苦笑いに切り替えると、腕時計を見下ろした。
「言いますね。では、そろそろ時間なので」
 吉松はうなずくと、ツナギの中に隠れた煙草を探し当て、一本をくわえて火を点けた。姫浦はスカイラインまで戻って運転席に座ると、助手席に乗り込んだ杉本に言った。
「行きはわたしが運転しますので、戻るときはお願いします」
「はい」
作品名:Dogleg 作家名:オオサカタロウ