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オオサカタロウ
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novelistID. 20912
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Dogleg

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二〇一二年 三月 ― 十一年前 ―
   
「戦おうなんて、考えるな。後ろから首と頭の間を撃て」
 神崎は22口径のブローニングバックマークをリュックサックから取り出すと、弾倉を抜いて薬室を開いた。
「薬室は空、弾倉には十発」
 姫浦が化粧気のない顔を向けてうなずくと、神崎は弾倉を挿し込み、薬室に装填した。
「今は?」
 黒いジャージの襟へ沈ませるように細い首をすくめながら、姫浦は呟いた。
「弾倉に九発、薬室に一発」
 神崎はバックマークを姫浦に手渡すと、床に倒れた三人目の護衛に突き刺さったナイフを抜いた。鉄板の上に血が流れ出し、神崎がナイフの刃を護衛の上着で拭ってシースケースに収めたとき、波に煽られて船全体が大きく揺れた。姫浦が条件反射のようにバックマークの銃口を下げ、神崎はスリングに吊ったMP5Kがコンテナに接触しないよう、手で押さえた。サプレッサーがついていて嵩張る上に、サブマシンガンはこの手の仕事では使い道がない。蜂の巣にする必要はなく、ただ頭に一発撃つだけで終わる。
 本来なら自分がその役目を担っているところだったが、今日は役割をひっくり返して、いつもMP5Kを持って後ろを守っていた姫浦が、初めて先頭に立って相手を殺すことになっている。たった一発の22口径によって人生が終わる予定の相手は、貨物船の中に用意された『特別室』の中。どうにかして逃げたい人間が頼る、最後の手段。それは、人間扱いされる権利を捨てて、積荷になりきること。護衛は四人いて、二人はプロ、一人は素人だった。残り一人はドアの前を張っているだろうから、おそらく素人ではない。
 バックマークを構えた姫浦が静かに歩き始め、神崎は数歩後ろをついて歩き始めた。MP5Kのグリップを右手で引き寄せ、安全装置をセミオートの位置に合わせると、空いている方の手で反対側の通路を指差した。姫浦がうなずいて進路を変え、神崎は『特別室』の少し手前まで来ると、息を殺した。最後の護衛。反対側で姿勢を低くしている姫浦の姿を確認してから、角から飛び出す影が自分の方向を向いていることに気づいた神崎は、姫浦に向けて小さくうなずいた。音もなく動いた姫浦の姿が消え、影がぐらりと傾いて、目の前に後頭部を撃たれた護衛の死体がどさりと落ちた。
 角を回り込んだ神崎は、反対側から歩いてきた姫浦を手で制止した。相手は、部屋に繋がる扉の真後ろにいる。ざらついた男の声が、部屋の中から響いた。
「おい、ちょっと出るぞ」
 神崎がMP5Kを構えるよりも早く、その扉が射線を塞ぐように開いた。ビールの空き瓶を持った男は姫浦に気づき、初めからそうするつもりだったように空き瓶を姫浦に向かって投げつけた。空き瓶が粉々に砕けて姫浦の手からバックマークが滑り落ち、神崎が扉に手を掛けようとしたとき、姫浦はとんでもなく失礼なことをされたように顔をしかめると、バックマークを拾うことなく、部屋の中へ逃げ帰った男を追って中へ飛び込んだ。
「銃を使え」
 言葉と同時に、神崎は扉を回り込んだ。MP5Kをまっすぐ構えたが、引き金は引かなかった。姫浦なら素手で殺せる相手だ。男は部屋の中で、晩酌をしていたようだった。姫浦が間合いを詰めようとしたとき、男が着る上着の袖口が右だけ微かに広いことに気づいた神崎は、姫浦に言った。
「気をつけろ」
 姫浦は小さくうなずいただけで、姿勢を変えなかった。男は手の内を知られたことに腹を立てた様子で、しかめ面のままナイフを袖口から出すと、神崎に言った。
「撃たないのか」
「はい」
 姫浦が代わりに返事をしたとき、男はナイフを姫浦に向けて突き出した。姫浦は全く避けることなく左腕で顔を庇った。その刃が左腕にまっすぐ突き刺さったとき、男は予想外の出来事が起きたように、ナイフの柄に残した手の力を緩めた。姫浦は右手の拳を固めると、男の喉に突きを入れた。喉仏が砕けて気管が潰れ、テーブルにもたれかかった男は、息をするための通り道を半分以上塞がれたまま、姫浦の左腕に突き立ったナイフが命綱であるように手を伸ばした。やがて肺に残った息を使い切った男は動けるだけの力を失い、その場に座り込んだ。姫浦はその胸を柔らかく足で押して仰向けに倒すと、テーブルの上に置いてあったペーパーウェイトを右手に持ち、馬乗りになった。神崎はMP5Kの銃口を部屋の外へ向けた。勝負はついた。後は、姫浦の趣味の世界だ。
 姫浦は、ペーパーウェイトを持った右手を男の顔に振り下ろした。何度も繰り返している内に骨が砕けて柔らかな組織が破壊され、顔についた部品のほとんどを内側に押し込まれた男は、半分潰れた気道に流れ込んだ自分の血で窒息死した。
 ペーパーウェイトを床に放って立ち上がり、出来栄えに納得がいったように、姫浦は口角を上げた。神崎は、姫浦の無事な方の手を引くと部屋から出た。バックマークを拾い上げてリュックサックへ仕舞いこみ、言った。
「何をしてるんだ。おれは、銃を使えと言ったはずだ」
「だって、弾かれちゃったんで。喉に一撃で決まったのに、褒めてくれないんですか?」
 姫浦の言葉遣いは、今年で二十歳になるとは思えないぐらいに幼い。神崎は姫浦の左腕を高く上げると、貫通したナイフを見て顔をしかめた。黒いジャージで目立たないが、かなりの出血だった。このまま刃を抜けば、間違いなく失血死する。
「これが刺さったまま、あと十分耐えられるか?」
 神崎が言うと、姫浦は自分の左腕を見下ろし、ナイフが貫通していることに初めて気づいたように、目を見開いた。
「いけると思います」
 神崎は相槌を打つことなく、姫浦の手を引いた。脱出用のボートが横づけされるのは、まだ後の話だ。充分にマージンを稼ぐためだったが、早く終わったところに姫浦の怪我という不安要素が加わると、話は全く異なる。船の最後尾まで移動して梯子の手前まで来ると、神崎はリュックサックからIRストロボを取り出してスイッチを入れた。掃除用具入れの前に空いたスペースに腰を下ろしたとき、隣に座った姫浦が左腕に刺さったナイフの柄を掴みながら、言った。
「あの、このナイフ。もういいんですけど」
「何がもういいんだ?」
「抜いてもいいですか?」
「絶対にダメだ。失血死する。どうして腕で受けたんだ」
 神崎の語気に抓られたように瞬きをした姫浦は、真っ暗な海に目を向けると、景色に対して言い訳するように呟いた。
「相手はこれから死ぬのに。わたしが無傷なのは、なんか不公平じゃないですか?」
「殺しは一方的であればあるほど、いいんだ」
 神崎が同じように真っ暗な海に向かって言うと、姫浦は背中を丸めて、神崎の顔を覗き込んだ。
「本当に、そう思ってますか?」
「おれの顔に、そう書いてあるだろ」
 神崎が言うと、姫浦は目を伏せた。
「失敗ってことか……。訓練通りに決まったのにな」
 神崎が相槌を打とうとしたとき、姫浦は神崎がスリングに吊ったMP5Kを掴むと、自分の額に銃口を当てた。
「じゃあもういいですよ。わたしもここで殺してくださいよー」
「やめろ」
作品名:Dogleg 作家名:オオサカタロウ