池の外の惨めな鯉
背後から中西教諭の声がして、ビクッとした。そして振り返ると、
「あ、はい。あとはゴミ捨てだけなんで、皆ボクに任せて、帰っちゃったんですけど」
和彦は、イジメを悟られないように、軽く笑顔で言ったが、
「ああ、内田君ね。そう思って様子を見に来たのに、遅かったか」
中西も内田を問題児と認識していたようで、困った顔で言った。
「いいえ、大丈夫です。それよりゴミ捨て場はどこですか?」
「ああ、案内するわね」
和彦は慌ててゴミ箱を持ち上げて、中西に付いて廊下へ出た。
「山本君、クラブは何してたの?」
歩きながら中西が聞いた。
「ボク、まともにクラブに入ったことないんです」
「どうしてよ。クラブ活動こそ青春じゃないの?」
「すぐに引っ越すことが多いから、入っても意味ないと思って」
「そんなことないわよ。転校してからも同じクラブに入れば練習できるじゃない」
「・・そうですね。体育系のクラブならそうですよね」
「文科系でも、音楽とか美術部なら続けられるでしょ。物は考えようよ」
「それもそうか。初めから諦めてました」
「うちに入りなよ」
「うち?」
「私、剣道部の顧問してるの」
「剣道ですか」
和彦は中西の見た目から、剣道部とは想像がつかなかった。
「私、小学校の時から、ずっと剣道してるの。もう十八年になるわ」
「へえ。スゴイですね。でもボク、剣道なんて。足手まといになっちゃいますよ」
「そんなことないって、1年生も初心者ばかりだから。それにみんな礼儀正しくていい生徒ばかりよ」
それを聞いて、和彦の心が少し動いた。イジメが心配だったが、そんなクラブなら安心かもと考えたのだ。
「ゴミ置き場はあのプレハブよ。中身は燃えるゴミとプラスチックに分別して。その他は注意書きをよく読んで分けるのよ。それじゃ私はここで職員室に戻るから」
「あ、はい。ありがとうございました」
中西由貴は歩き出して暫くして振り返り、
「剣道部入部、考えておいてよ!」
そう言って立ち去る後姿を、和彦は少し戸惑いながら見送った。