池の外の惨めな鯉
最終章はプロローグ
今日もまた、どんよりした天気である。この2~3週間は晴れた日がない。
この地方は海からの湿った空気が吹き付け、年間を通して夏のわずかな期間しか、晴れが続くことはなかった。農作物はあまり育たず、この地域の主な産業は、大工場での製造業だった。それゆえ各地から集まって来る労働者が多く、その家族もまた、この見知らぬ地域へ引っ越して来るという事が普通だった。
冬が近付くある日、山本和彦はこの町にやって来た。父親に付いて、この町に引っ越して来たのである。母親はいない父子家庭だった。
「着いたぞ、和彦。今日からここが我が家だ」
父親はタクシーを降りると、その建物を見上げて言った。
「・・・・・・」
そんな問いかけにも返事をせずに、和彦は建物に入って行った。
工場が用意した3階建ての集合住宅は古く、コンクリートの外観は昭和時代の公団住宅のように古めかしい。和彦にとって、引越しはもう七度目だった。父の転職の度に転校を繰り返すという生活にも、駄々をこねる歳ではなくなってしまった。しかし、心の奥底には、そんな生活に嫌気が差し始めているのも、思春期の彼には当然だったろう。
「今日から、このクラスに転校して来た、山本和彦君です。山本君、一言挨拶お願いね」
和彦の登校初日の月曜日、朝のホームルームで、2年3組担任の中西由貴がそう紹介した。
「あ、・・・はい。あの、ボク、ボクは、山本和彦といいます。お父さんの仕事の関係で、あの、・・・ここに来ました。あまり長くこの町にはいないかもしれません」
そう言うと、最後列に座っていた男子生徒が、大きな声で、
「この町に来るやつはみんな、すぐに引っ越して行っちまうから興味ねえよ」
その声に反応する生徒は誰もおらず、皆無関心のようだった。それを聞いて和彦も黙っていた。多分そうなるだろうと予想していたからだった。
「皆、仲よくしてあげてよ。はい、じゃあ、山本君は窓際のその席に座ってください」
中西教諭は、前から3番目の空いた席を指差した。和彦は黙ってその席に近付くと、隣の席の女子生徒と目が合ったが、彼女はすぐに視線を逸らしたので、黙ったままで着席した。そして目立たないよう、恐るおそる周りを見回すと、他に空席が3~4か所あった。
「この町は引越しが頻繁にあるから、空いた席が多いのよ」
隣の少女が、ぶっきらぼうに言った。