池の外の惨めな鯉
事件① 鯉の変死
「おい、またおごってくれよ。友達だろぉ」
月曜日の登校中、内田慎司が今日も絡んで来た。和彦はそれに気付いても無視して歩き続けた。内田は校門に着く直前までしつこく付きまとい、ついには和彦から、肩にかけたベルトを掴んでカバンを取り上げ、それを地面に投げ付けた。その瞬間、教科書とノートが散乱した。
「やめてくれ!」
和彦がそう言うと、
「ちゃんと聞こえてるンだろォ。今日もおごってくれるンだろォ」
内田は和彦の顔のすぐ近くまで鼻先を付けて、奥歯を食いしばるように力を込めて言った。
和彦が地面の教科書を拾おうとすると、それを内田は靴で踏みつけた。和彦は顔面中に力を入れて我慢した。そして、学ランのポケットに入れていた小銭入れを取り出すと、内田はそれを奪い取り、中身を全部出して、その小銭入れを背後に放り投げて去って行った。和彦はこうして毎日ジュース代やお菓子代を巻き上げられているのだ。
その様子を遠くから中西由貴が見ていた。和彦は何とか気を取り直して散乱した荷物を拾い集め、小銭入れをポケットにしまったところへ、急いで駆け付けた中西が、心配して和彦に声をかけけた。
「山本君、内田君とトラブってたわね」
「いいえ、そんなことないですよ」
「待って」
中西は、校舎に向かおうとする和彦の腕を掴んで、無理に引き止めた。
「借りたお金を返しただけです」
中西はその瞬間、眉間にしわを寄せた。
「困ったことがあったら、隠さず言ってね」
「ええ」
中西由貴はさすが剣道の達人である、内田という不良生徒に対しても恐れを抱く様子はなかった。そして和彦の正面に回り込んで、
「山本君、やっぱり剣道部に入れば?」
「え? 剣道なんてやったことないですよ」
無理に苦笑いして言った。
「少しは強くなるんじゃない? それに他の部員も守ってくれるだろうから」
「大丈夫ですよ。友達なら他にもできたし、心配ありません」
「だといいんだけど・・・」
和彦がそそくさとその場を去って行くのを、中西由貴は心配そうに見送り続けた。