池の外の惨めな鯉
事件② カツアゲ
それは火曜日の放課後のことだった。和彦が伊織と帰宅するようになってもう一週間が経つ。まだ剣道部に入部する決心がつかないまま、和彦の帰宅時間は早かった。途中のコンビニでジュースを買って、すぐ前の川の土手に上がり、その橋のたもとで、伊織としばらく会話をしてから帰るのが、パターン化し始めていた。
「剣道部に入るのかよ」
と伊織が聞いた。
「いやぁ、どうしようか迷ってるんだよね」
「剣道なんかやったことないんだろ?」
「うん。そうなんだけど・・・」
和彦はもったいぶったように言葉を濁した。
「中西先生に勧誘されたからだろ?」
伊織はにやけてそう言った。和彦もまんざらでもなかった。確かに中西由貴が剣道部の顧問だから、迷っているのである。
「でも剣道は面倒だよ。面・胴だけに」
「やめとけやめとけ。あんな教師の言うことを聞くな」
和彦渾身のジョークに反応せず、伊織は手を振りながら呆れたように言うと、
「でも、先生強いらしいよ」
和彦は少し興奮したように言った。
「確かに自分は強いとか言ってるのに、所詮、防具なんかに頼ってるようじゃ、それが仇となってしまうだろうな。そんなことでしごかれるのはバカみたいだ」
そう言われて和彦の気持ちが少し冷静になった。今までの生活じゃ、クラブに打ち込むなんてありえなかったのに、今そんなことに時間を使おうかと悩んでいる自分がバカだと思えた。きっと中西由貴に誘われたことで、自分の中の何かが変わるかもと期待していたのだが、その練習に付いて行けるかさえ、確かなものは感じられなくなってしまった。そして今まで通り、なんの張り合いもない毎日が続くんだと知って、夕日を侘しい気持ちで眺めた。
すぐに空は暗くなり始める。寒い季節になり、日が落ちるのも早くなった。
「じゃ、そろそろ帰りますか」
伊織がそう言うと、和彦もうなずいて、二人は別れた。伊織は橋を渡って帰って行った。
和彦が道路に下りようと振り向くと、その土手の階段を、ズカズカと体を揺らしながら、学ランの前ボタンを外した姿の内田慎司がやって来た。