あれから12年―1
ふだんあまり付き合いはないが、人柄がよさそうな若い医者のO君に、
「申し訳ないが、近くまで乗せてくれないか」と頼んだ。
特別うれしそうでもなかったが、乗せてくれた。
彼の家に近い駅で降ろしてもらった。
私の家までは、そこからさらに三駅ある。歩いて一時間ぐらいだ。
知らない道だし、夜(8時すんでいた)だったので、危険だ。やめたほうがいいと思った。
辺鄙なところだった。
交番できくと、近くにホテルはないという。留置場に入れてもらうのも無理なようだ。
駅のタクシー乗り場は長蛇の列だった。
三〇分に一台ぐらい来るだけで、私は野宿を覚悟した。
「帰宅困難者」である。それに寒かった。
私は呆然となり、途方にくれた。
それまでも、途方にくれながら生きてきたが、こんなに途方に暮れるのも珍しいと思った。
私は絶望の中で寒空に立ちつくしていたのだ。
そこへ、なんと、帰り車で、上りの客を探しているタクシーがふらりと現れた。
地獄に仏である。
〈私はふだん、よほど心がけがいいのだろうか?〉と思いながら、タクシーに飛び込んだ。
二人の相乗り客と一緒だったが、五時間ぐらいかかって家に着いた。
そして翌朝、床屋に行った。