回帰のターニングポイント
「それは、皆がすべてそうだとは思わないが、特に精神的に疾患を持っている人には特にこの傾向があると自分的には信じている。だから今はその路線を踏襲する形で研究をこれからも続けていきたいんだ」
と言っていた。
いちかも、看護学校で、薬学も少し勉強していて、特に、精神疾患に関して興味を持ち始めている時であっただけに、肇の話には共感できた。
しかも、貸別荘での、あのオカルトっぽい話をまたしても思い出していた。
「あの時、私は何もできなかったけど、あれはあれでよかったと思っている」
と、感じながら、たまに思い出すのは、やはり、彼が夢に出てくるからなのだろう。
「俺のことを忘れないでほしい」
という思いからなのか、彼はまだ中学生のままだった。
夢を見ている時の自分は、その時々で違っていた。子供の頃を思い出すように見ている夢だったり、自分は大人になっているにも関わらず、少年には自分があの時と同じ少女に見えていると感じる時、さらには、大人になっている自分と対等に接しているくせに、いちかを大人だと意識しているという、どこか矛盾はしているが、夢の想定内ということである夢、どれも本当であり、夢なのだ。
「世の中、集団意識というものがあって、自分が悪いと思っていることでも、皆がするからということで、言い訳がましくしている人だっているよね。でも、集団意識というものがどれほど怖いかを大人になれば知ることができるんだ。僕にはできないんだけどね……」
と言って、寂しそうな笑顔を浮かべた。
悲しそうな笑顔なのか、それとも、笑顔が寂しいのか、いちかには分からなかった。だが、言葉を区切っているということは、悲しそうにしか見えないので、悲しさが先にくるような気がした。
そう思うと、たまに見せる肇の悲しそうな顔を見るたび、自分が無意識にあの少年と肇を比較していることに気づかされる。
「やっぱり、オカルトっぽさが抜けないのは、肇にもオカルトっぽさを感じているからなのかしら?」
といちかは考えた。
身体の中にあるものが、永遠の命をはぐくむものだとすれば、少年が死んでいるにも関わらず、いちかの前に現れたことを、科学的な照明はできないが、自分なりに解釈できるようになりたいと思うのだった。
いちかと肇はそれぞれ、医者と看護婦として働き始めてから、三十歳になる少し前に結婚した。
肇の研究は、最初は誰からの見向きもされていなかったが、次第に注目を受けるようになり、医者としての仕事よりも、
「難病をなくす、特効薬」
としての効果を買われ、そちらの研究にも携わるようになっていった。
いちかはというと、主任クラスになり、相変わらず忙しい毎日を過ごすようになっていた。
夜勤もこなしながらの主任というのは、後輩の指導もあり、皆の勤務予定を組んだりするなど、実際の看護婦としての看護の仕事より、他の仕事の方が忙しいくらいだった。
それでも、苦痛に感じることはなかった。頭の中で別荘近くの海であった少年のことがまたあったからだ。
「毎日のように、夢に見ているような気がする」
と思っていたが、覚えているのはその少ししかない。
内容もほとんど忘れて行っているのだが、それも仕方のないことのように思えていたのだった。
いちかは、結婚してから、一年が経った頃に懐妊した。
「赤ちゃんができたみたい」
といちかが言った。
「そうかそうか、きっとかわいい男の子だぞ」
と肇がいうので、
「まだ分からないわよ」
と言って笑って見せたが、実は、いちかも男の子だという確信めいたものがあったのだ。
「やっと会える気がするんだよな」
といちかは思っていた。
その証拠に、最近では、仮別荘で一緒に食事を摂った時の思い出が、頻繁に夢に出てくるのだ。
「また、会おうね」
と言って最後に別れたあの日、それから遭えなくなるとは思ってもいなかったが、時間が経つにつれて、分かっていたように思えてならなかった。
ただ、それには、かなりの時間が経過しなければいけないという意識は強かった。それがどれほどの期間なのかは分からなかったが、
「近づいてくるにしたがって、自分で分かってくるはずだ」
と感じていたのだ。
確かに肇の言う通り、そして自分が確信した通りの男の子だった。
生まれてきた子に対して、医者が面白いことを言っていた。
「この子は、本来身体の中にあってしかるべきものがないんですよ。でも、それはないと困るものでもなければ、逆にない方がいい場合もあるものなので、別にそれが問題になるということはないですよ。気にすることはないです」
と言われた。
それを、肇に話すと、
「そうなんだ」
と、それほどビックリしている様子もない。
確かに医者からは問題はないと言われたが、自分の子供のことなので、気にならない方がウソである。
しかし、肇は、
「どうも、俺はこの子とは初めて会ったわけではないような気がするんだよ。前に遭っていたような気がするんだが、これって変なのかな?」
「いつ頃のこと?」
「身体の中にある気づきにくいものが、難病の特効薬になるんじゃないかと思った時くらいに出会ったような気がするんだ。俺の人生のターニングポイントにだね」
と言われて、
「私も、あれは中学生くらいの時だったかしら」
というと、いちかはふとした考えが頭をよぎった。
「この子は親の人生のターニングポイントに現れてくれたんだわ」
と感じ、これは自分たちだけに起こることなのか? と思ったが、肇が、
「今回のこのことが、また身体の中にある気づかれにくいものを暗示させてくれているような気がする。きっと、人が生まれる時って、親を選べないというけど、本当はかなり前から決まっていて、親のターニングポイントに現れるのかも知れない。だから、親は子供のためならなんだってできると思うんじゃないかな?」
と肇が言ったが。
「まさにその通りだわ」
といちかも感じ、このことが、肇の研究に大いに役立つことになることを確信したいちかだったのだ。
( 完 )
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作品名:回帰のターニングポイント 作家名:森本晃次