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オオサカタロウ
オオサカタロウ
novelistID. 20912
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Loot

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「親戚が近所に住んでるからね。どこかで空き巣の被害が出ると、しばらくしてからあいつが新しい服を買ってるって噂だよ。あんなガラの悪い息子が住んでる実家なんて、親もロクな奴らじゃないって。とにかくさ。この辺は、ああいう奴らのせいで、大変治安が悪くなりました。だからさ……」
 続きを言おうとしたとき、家族連れがやってきて、理恵は一歩隣にずれた。シンちゃんはいつの間にか営業スマイルに切り替えていて、たこ焼きを容器に入れて輪ゴムで留めると、慣れた手つきで差し出した。特にもたついているようには見えない。
 鉄板を挟んで二人きりに戻ったとき、シンちゃんは言った。
「だからさ?」
「ん?」
「何か、言いかけてなかった? 音松は空き巣の稼ぎで服を買ってるってこと?」
「そうだね」
 理恵は、シンちゃんの目をまっすぐ見据えた。この辺は、ああいう奴らのせいで、大変治安が悪くなりました。だから、引っ越そうと思っている。この冬を越して、高校を卒業したら。その先は何も浮かばない。でも、この関係が崩れてしまうのは、絶対に嫌だ。
 会話が途切れたことに気づいたシンちゃんは、遠い目で呟くように言った。
「空き巣か。おれも、あのヤンキーに仕事を紹介してもらったほうがいいのかもな」
 理恵はしかめ面を作ると、首を横に振った。
「今、神様がね。おでこに天罰って書いたよ」
「マジか、神業だね」
 シンちゃんが笑うと、理恵はしかめ面のまま言った。
「帰ったら、鏡見てみな」
 しばらく沈黙が流れた後、シンちゃんは鉄板の火を弱めながら言った。
「おれがもし、ああいうヤンキーになったらさ。理恵だって隠れなくて済むし、蜘蛛の巣だってつかなかったろ」
「隠れてるの、知ってた?」
「ゲームなら即死だよ。鞄が見えてた」
 シンちゃんが言うと、理恵はその目を見たまま歯を見せて笑った。盾になってくれるのは嬉しい。でも本音を言うと、戦えるようになるよりは、ヤンキーも蜘蛛の巣もいないところに行きたい。
「とにかく、学校行きな。今日の用事はこれだよ」
 理恵は、鞄から鮮やかなピンク色の輪ゴムの束を取り出した。シンちゃんは手元にある殺風景な黄土色の輪ゴムに視線を落とすと、理恵の手元に向き直って言った。
「へー、色がついた輪ゴムか」
「可愛くない? 屋台もピンクだし」
 理恵がのぼりを見ながら言い、シンちゃんはうなずくと、理恵が差し出した手からピンクの輪ゴムを受け取った。一本を指に引っ掛けると、理恵は言った。
「あげる。ただし、条件があります」
「学校だろ、行くよ」
 シンちゃんが言うと、理恵は引っかけた指を唐突に離した。額に輪ゴムが当たり、シンちゃんは瞬きをした。
「いてっ、何だよ」
「他にもあるけど、それは追々。じゃね」
 理恵はそう言うと、屋台から立ち去った。本人からはどんどん離れているのに、足は軽い。ごつごつした道のりだけど、シンちゃんに見えている景色の中に、わたしがちゃんといることが分かったから。
   
 
― 現在 ―

 たこ焼き屋の話をした日から、二週間が経った。西崎は今のところ、店に姿を見せていない。今までにもそれぐらい空くことは普通にあったが、このまま来なくなるのかは、正直分からない。本人の口が滑った、店長の差し金、音松の差し金、色々な選択肢があったが、結局のところ、最初の直感が正しいのかもしれない。口が滑って、自分があの土地で『何かをしていた』ということを教えてしまった。ほとんどは時効だろうが、もしかしたら、そうじゃないものが含まれているのかもしれない。
 寺司はソファから立ち上がると、大きく伸びをした。そもそも、客でもない限り昔話はお断りだ。あのカウンター越しの関係だから成り立つ話であって、いい思い出ではない。店の定休日は火曜日で、直人は当然学校へ行っているし、美幸はリモートワークで部屋に籠っている。だから頭の中で渦を巻く考えを散らしてくれる存在はいない。もちろん、若いころの犯罪について、環境や人のせいにするつもりはない。それなりに悪い場所からやってきたのは間違いないが、いくらでも選択肢はあった。ただ、プレジデントの運転席に座り、用事もないのにぶらぶらと走り回るのは、町全体を人質に取って脅迫しているような感覚で、単純に楽だったのだ。何も考えなくてよかったし、年に二回ほど音松が取ってくる『仕事』の臨時収入もあった。必要な資質は、後先を考えずにアクセルを踏み込めるということ。ナトリウム灯に照らされた青橋は、時速百三十キロで抜けるときは景色が流れて色が混ざり、オレンジと青の一本の線にすら見えた。一回は成功し、次もいけるだろうと安易に思っていたが、毎回は使えないということも理解していた。
 今でも、自分はいつから辞めたがっていたのか、思い出せない。うんざりしていたのは確かだ。音松はそれで生計を立てるつもりでいたが、一度でも上手くいかなかったらそのときは終了だし、いずれ名前が広まって、身動きが取れなくなる。若かった当時ですら、そのことは分かっていた。
 キッチンでコーヒーを作って角砂糖をひとつ放り込んだとき、カップの底にぶつかったときの甲高い音と同時に、美幸の部屋の扉が開いた。
「コーヒー?」
 美幸が言い、冷蔵庫から紙パックのリンゴジュースを取り出すと、ストローを刺してひと口飲んだ。寺司がスプーンで砂糖を溶かしていると、向かい合わせになった美幸は言った。
「直人がさ、最初の車屋時代の写真ないのって聞いてきたんだけど。ないよね?」
 寺司はコーヒーをひと口飲んで、うなずいた。探せば出てくるが、そこには『異物』しか写っていない。落書きのような刺青が入った店長に、派手な髪留めをつけた事務員の女。どんなナンバープレートでも板金できるスリランカ移民。そして、音松と加山。たまり場になっていた岡田の家。当時の交友関係のすべてが、異物だ。探したら出てきてしまうのが、問題なのかもしれない。
「付き合い始めたとき、あなたはもう普通だった。だから、昔に何をしてたかは聞かない。ちゃんと蓋をしておいてね」
 美幸は紙パックのジュースを手に持ったまま言った。寺司はコーヒーを飲み干して、言った。
「写真はあるよ。できたら見せたくない人間が写ってる。おれも、その中のひとりだったしな」
 音松と加山が指定した場所で待ち、あいつらが戻ってきたら、何も聞かずに全速力で車を走らせる。誰に何をして、何をどうしたのか。そんな細かいことは聞かない。黙っていても音松が話すから、それなりに詳細は伝わってきたが、それも自分でモザイクをかけて、早めに忘れるようにしてきた。
「見せられる写真があるなら、聞かれたときのために用意しといてよ」
作品名:Loot 作家名:オオサカタロウ