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オオサカタロウ
オオサカタロウ
novelistID. 20912
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Loot

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 寺司は手を振り返して見送り、静かになった店内で小さく息をついた。確かに、たこ焼き屋の話は今までに出たことがなかった。時折、再放送の中へ特典のように混ざり込む、新しい話や記憶。今日のそれは『屋台のたこ焼き屋』だった。遠くに海が見える公園の近くに出ていて、近くを通るたびに音松は『たこ焼きつったら、ノボリの色は赤だろうがよ』と言って笑っていた。そのたこ焼き屋は、『たこ大入り』と書かれたのぼりが、少し色あせたピンク色だったのだ。公園の治安の話になったときに寺司はふと思い出して、『たこ焼き屋』と言った。そのときに西崎が『ピンクの旗出てるとこですかね』と言い、記憶は繋がった。今まで、話に登場する地名から隣の県の人間だと思っていたが、意外に近くをうろついていたのかもしれない。いつもよく話すが、大抵帰り際は酔っぱらっていて、挨拶は最小限の『じゃ』や『また』だ。それに比べると、今日の別れの挨拶は妙に長かったし、一度曲がった針金をできるだけまっすぐに伸ばしたような笑顔は、不自然だった。
 たこ焼き屋の話に乗ったのは内心『失敗だった』と思っているのだろうか。だとしたら、西崎が店に来るのはこれが最後になる。こちらは得意客を失い、西崎は安心して飲める場所をひとつ失うことになるが、犯罪者の中には、自分のやってきた悪事を話さずにいられないタイプの人間がいる。自分が抱えてきた重荷を半分にして、似たようなことをやってきた相手に背負ってもらうのだ。いつもより鮮明に目の前へ現れる記憶。二十年近く前、正確に言えば十七年前。全員が二十三歳だった。当時の勤め先はファインウェストオートという店で、訳ありの怪しい車両を扱っていた。当時のインターネットでも窃盗グループとの関係が疑われていたし、実際その疑いは当たっていたのだが。とにかく、何の責任を取ることもなく、逃げるように辞めた。今となっては自分の中で正当化されているし、それ以外の選択肢は思いつかない。続けていれば、いずれ捕まっていただろう。
 ずっと辞めたかったが、その決心がついた理由は覚えている。当時、売りに出せない日産プレジデントが店に置きっぱなしになっていて、勿体ないからと店長が自由に使わせてくれていた。寺司、音松、加山。どうしようもない若者三人が我が物顔で町を移動するには、黒塗りでフルエアロのプレジデントは十分すぎた。そんな誰のものでもない車を、音松がオークションに出して売ってしまったのだ。
『お前の仲間は動物か? 言っとけ。あのプレジデントは、三百五十万だ』
 店長は廃車のシートで煙草を揉み消しながら言った。うなずいて家に帰り、そのまま町を出た。こちらの逃げ足が速すぎたのか、電話すらかかってこなかった。だから、店長がどうしたかったのかは分からずじまいだ。もちろん、確認するために戻る勇気はなかった。だからこそ、はっきりしない。例えば、ファインウェストオートにいた誰かが、今さら三百五十万の未収を思い出し、当時の知り合いを使って回収することを考えたとか? しかし、仮にそれが西崎だとすると、三年も通い詰めて常連客になる意味が分からない。問題は、西崎の顔に見覚えがあるかどうかすら、こちらが思い出せないということだ。あの町の人間だったか、店に出入りしていたローリング族のひとりか。二十年近く、意図的に忘れようとしてきた甲斐もあって、店長の顔すら曖昧だ。
 ただ、音松の言い訳はあまりにも陳腐すぎて、逆に記憶に刻まれている。『空き巣に入られて手持ちがない』と泣き言のように言ったのだ。当時、音松自身がバイト先で知り合った仲間と空き巣のグループを作っていたのに、言い訳が『空き巣被害』というのはあまりにも嘘が下手過ぎると思い、全く信用する気になれなかった。このくだりは西崎との間で、今は小さな居酒屋を営む寺司が『足を抜くきっかけになった』エピソードとして、公式に共有されている。無理やりこじつけるなら、西崎の犯罪リストには空き巣も含まれているから、もしかしたら、音松の関係者かもしれない。向こうから訪ねてくる理由はないが、例えばあの怖い怖い店長が音松を偶然見つけたとか? 三百五十万を要求された音松は震え上がり、かつての仲間が居酒屋をやっているということを知った。大使役に西崎が選ばれたが、店で飲んでいる内に本来の仕事が嫌になって常連客に変貌した。この線は、中途半端な人間が集まるこの業界なら、あり得ない話じゃない。まあどちらにせよ、三年かけてやる話ではない。
 帰る準備を済ませて、寺司は店のシャッターを下ろした。家は自転車で十五分ほどの距離。耳鳴りがするぐらいに冷え切った夜道は、サウナのように暖房の効いた店内と違って、どこか清々しい。家は中古で買った一軒家で、人を呼ぶ気になるギリギリの外観だが、間取りは広々としていて、家族は気に入っている。
 家に辿り着いて車庫に自転車を置くと、寺司は玄関に上がって靴を脱いだ。
「おかえり」
 美幸がキッチンから顔を出すと、カニカマをかじりながら言った。寺司は腕時計で時間を確認すると、苦笑いを浮かべた。もう、深夜一時だ。
「ただいま。夜更かしだな」
 美幸のすぐ後ろから直人がひょっこりと顔を出し、美幸の物真似をするようにカニカマを右手に持って言った。
「おかえり」
「ただいま。すごい時間まで起きてるな。二人ともカニカマか」
 直人は十二歳で、去年辺りから夜更かしを覚えた。突然寝る時間が惜しくなったようで、今までのように遠慮なく眠ることはなくなった。隙があれば起きようとしている様は、今まで動いてた回路が突然反対向きに切り替わったようだ。自分にもそんな時期があったのだろうが、特に思い出したくもない子供時代に深く埋め込まれている。
「金曜の夜って感じがするよ」
 寺司が言うと、美幸がカニカマを食べ終えて笑った。
「お店は忙しかった?」
「まあ、常連がラストで、いつも通り終わった感じかな」
 寺司はそう言うと、寝室に鞄を置いて上着を脱ぎ、二階へ上がった。この時期は、窓が閉まっているかを全てチェックする。隣接する川森家の壁に面した窓の鍵が開いており、寺司は小さくため息をつくと、鍵を閉めた。神経質すぎるように見えるかもしれない。それでも確認をやめられないのは、住んでいた世界が違うからだ。一階に降りた寺司は、美幸に言った。
「また一か所、窓の鍵開いてたぞ。川森さん側だ」
「チェックごくろうさまですっ」
 美幸がわざとらしく敬礼し、寺司は呆れたように笑った。
「本当、危ないからな。気をつけてくれよ」
 寺司の真剣な口調に美幸は目を丸くした後、直人に向かって舌を出した。
「でもねー、戸締りしたよねー」
「うん、したした」
 直人が言い、カニカマの入った袋を寺司に差し出した。
「まあ、これでもひとつ」
「おっちゃんかよ? ありがと、もらうよ」
作品名:Loot 作家名:オオサカタロウ