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黒の海、呼ぶ声に 1

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「気に障ったか?」
「別に。周りが色々僕の影口を言ってるのは事実ですから。でも仕方ない。この家はそういう家なんです」
そういう家とはどういう意味だろう。ここに来る時に出会った雑貨屋の店主の表情が浮かんだ。
守人の方は自分から言ったものの、さして気にしているふうでもなかった。
「沙弥香の式はもちろん出席しますよ。返事を出したつもりでいたんだけれど、まだだったかな」
「相変わらずだな」
私は笑って紅茶を一口飲んだ。
「私の方から伝えておくよ」
「それより兄さん」
守人は少し含羞むように、上目遣いで遠慮がちに私の顔を見た。
「もうバスもないし、今日中に帰るなんて言わないでしょう。来るって聞いたから、部屋も使えるようにしてあります」
純粋に私の訪問を喜んでいるのだと思うと、近況を訊ねることもしてこなかった自分に後ろめたさを覚える。
「わざわざ手を煩わせてしまって悪いんだが、宿は村の方でとってるんだ。言っておかなくてすまない」
「そうですか……。仕方ないです。ここはまだ電話も引いていないですからね」
いかにも落胆した様子に、私はすぐに付け加えた。
「まあお前の顔を見るのが目的だったが、旅行もかねて来てるから、二三日は滞在しようと思ってるんだ」
弟の顔が明るくなった。
「じゃあ今日の夕飯は一緒に食べましょうね! 準備してあるんです。ね、良いでしょう? ああ、そうだ、夕食の後書斎に一緒に来てくれませんか。面白いものがあるんです」
「面白いもの?」
「ええ。この家の敷地で見つけたんです」
守人は窶れた顔に目だけを輝かせて言った。

早めの夕食は田舎で手に入る限り心尽くしのものだった。私があまり酒を嗜まないのを知っていて、アルコールは食卓に上らなかった。
「私に遠慮しなくていい」
「僕もそれ程好きって訳じゃないからいいんです。こうして話せるだけで嬉しいし」
守人が微笑む。彼の瞳は一見すると黒いが、良く見ると暗い灰藍色をしている。
近くで覗き込んだ時には、いつも深い水底を思わせていた……。
「兄さん?」
「あ、ああ、何だ?」
私はその映像を振り払った。
守人は今書いている小説の構想や、昔の思い出話をはしゃいで語った。
(自分が決めたんじゃないか。気にしてどうする)
聞きながら私は居心地の悪さを隠すように、料理を口に運んでいた。
作品名:黒の海、呼ぶ声に 1 作家名:あお