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理不尽と無責任の連鎖

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 そんなことを考えると、性犯罪にしても、コンプライアンスにしても、これからは弱者が守られるということであるが、これは、逆に弱者を利用した、上層部への逆セクハラであったり、逆性犯罪であったりする。
 まるで、美人局のようなやり方だ。
 つまり、悪者に対してあまりにも世間が肩を持つようになると、法の厳守に便乗し、悪くもない人間を、嫌いだという理由だけで、犯罪者に仕立て上げることも可能だということだ。そういう意味で、コンプライアンスも性犯罪に対しての問題も、今の世の中の対策は、諸刃の剣のようだと言ってもいいだろう。
 今はそのことについて問題意識を持っている人は少ない。実際に自分が被害に遭わなければ、ピンとくる話ではない。かつての性犯罪のハラスメントも、関係のない人間にとっては。どうでもいいことだったのと同じではないだろうか。
 だが、一度でも、疑いを掛けられた人間にとっては、たまったものではない。法律や世間の意見が逆に作用してしまうと、実際に本末転倒も甚だしいと言えるのではないだろうか。
だから、この作家は、社会に対しての警鐘を鳴らすという意味で、思い切った書き方をしているのではないだろうか。
 本来であれば、ここまで辛辣で世間批判に近い本は、発売禁止になっても仕方のないものなのかも知れないが、あまり売れていないし、セールスもしていないこともあって、密かに売れているということか、場所は本当に端の方にあって、目立たないのだが、どこの本屋に行っても置いてある。まるで、売れようが売れまいがないと本屋としての意味がないとでもいうような、地図のようなものだと言えるのではないだろうか。
「目立たないが本屋に不可欠な本」
 という扱いに感じられた。
 この作家のことは、本の後ろの方に、
「ここまで詳しく書かなくてもいいのに?」
 と思うほど書かれていた。
 途中で、自分の作品に嫌気がさし、途中で休筆して温泉宿で一年半ほど逗留したことも、その本の後ろに書かれていたのである。
 ただ、一つ不思議なことも書いていた。
「当該作品の作家とは、我が編集部においては、一度も面会の機械があったわけではない、電話で話をしたことはあるが、面と向かったことはない、原稿も郵送うで送られてきて、今の時代にネットでのメールというわけでもない。送付の書類の消印は、いつも別のところからやってくる。やってくる。一度も締め切りを破ったこともなく、内容が少し古いことから、完成した作品を小刻みに封筒に入れて郵送してくるんじゃないのかと思われる」
 と書かれていた。
 編集者も、よくこのような得体の知れない作品を掲載したものだが、掲載当時の読者からの評判はかなりいいものだった。だが、文庫本にすると売れない。売ろうという意識がないのだからしょうがないのだが、ただ、本屋にはないといけないものだというのは、出版社の方で理解の上のことであった。
 しかし、少ししてから、変なウワサが立つようになった。
「あの本は、数十年くらい昔に、似たような作品があり、やはり正体不明の作家が送ってきた作品を掲載したことがあった。その作品への評価は、可もなく不可もなくであったが、徐々に盛り上がっていって、文庫化したのだという。すると、本が売れることはなかったが、なぜかどこの本屋からも、取り寄せの依頼があったという。ただ、どの本屋でも売れることはなかったが、ただ、本屋の端の方に置かれているだけだったのだが、それでも返品は一冊もなかった」
 というのだ。
 奇妙な発汗本であるが、それが、出版社と本屋でのトリビアのようになり、出版社の方では、
「ブームというのは、数十年に一度、再来するという。また似たような作品が送られてくれば、これはもうブームの一つとして、同じように本屋の端の方に置いておくようにしてほしい」
 と言っていた。
 そして、それから二十年後に、同じようなことが起こったのだ。
 前と同じように小説家の世間への批判が前面に出ていて、読む人によっては、不快極まりないような内容だが、ストレス解消本としては、一読の価値ありだと思っていた。
 しかし、不思議なことに、この本が売れることはなかったのだが、なぜか、
「ストレス解消オカルト小説」
 というジャンルが次第に確立してくるようになる。
 そして、その第一人者として、文壇に華々しくデビューしたのは平野だった。
 まだ、高校生であったが、ライトノベルに変わる新たな人気を博するジャンルとして、この新しい、
「ストレス解消オカルト小説」
 というものが現れるというのも、面白いと評判になった。
 かつて、二度ほどブームがあったということを、少なくとも数年はひた隠しにすることは、出版社と平野との間の発行契約において決まったことだった。
 それも、かつての二度の静かなブームで残された本の中に書かれたことだった。
 その二冊はまったく内容としては、小説というよりも、ジャンルの発生を予知するというまるで、
「大予言書」
 のようなものだった。
 だから、各本屋も、簡単に処分することはできなかったのだ。
 平野は、今日も世の中の理不尽で無責任なことを探して歩いている。そこは、ちょうど平野が最初に読んだ本で見た、温泉地を巡る旅だったからだ。
「理不尽さと無責任さを考えると、どんどん作品が浮かんでくる。これこそ、生きるエネルギーなんだろうな」
 と、平野は感じたのだった……。

                (  完  )



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作品名:理不尽と無責任の連鎖 作家名:森本晃次