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空墓所から

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 関屋さんが、宮本課長が、それだけじゃない。同僚が、このフロアの全員が、いや、トイレの掃除をしているおばちゃんまでもが、俺のことを見つめていた。なんでそんなに俺を見るの? 新参者の俺の仕事がそんなに信用できないの? それとも俺の顔に何か付いてる? もしかして俺って人間じゃなくて犬とか猫とかパンダなの? だから見せ物になってんの?

 そのおぞましき視線とそこから弾き出された思考は、まるで幻想かのように一瞬のうちにかき消え、さっきまでの何でもないオフィスに戻る。だが、俺の中を電撃のように駆け巡る違和感は雲散霧消するどころかますますひどくなり、手のわななきはそれに比例して大きくなっていく。

 震えが止まらない。つらい。呼吸ができない。苦しい、苦しい。死ぬ? 俺、死ぬの? 死んじゃうの?

 そうだ。思えば、俺はこんな大人数で仕事をしたことなどなかった。今まで業務をしていた地元の支社では、同じフロアにいるのは上司一人だけだった。その上司も、午前中は新聞を読みふけり、午後はソリティアで遊んでいるような男。そんなやつと二人、すなわち、ほぼ自分一人で支社の全てを切り盛りしていたところを見いだされ、本社に来ることになったんだった。

 俺はきっと、他人の存在や視線が多いと萎縮して緊張してしまうという特性に生まれついちまった人間なんだろう。そんな人間が、こんな年に一度の祭りのようにごった返すほど人がいて、視線のレーザービームが飛び交いまくるオフィスの中では、大きな仕事を成し遂げるどころか簡単な資料一つ作成できないのは、火を見るよりも明らかな理、というわけか。

 その後、気付くとどうにか息苦しさだけは回復していたので、まだ震えが収まらぬ手で何度か資料の作成を試みたが、結局まともな文章は一文も書けなかった。俺は課長に資料の報告もせず、逃げるように定時で会社を出ていった。

 こんな特性を持ってしまった俺は、明日、早速退職代行会社のお世話になろうと思っている。そして、また地元に帰って、あまり人と関わらずにできそうなトラック運転手でもやろうかと思っている。

 あの仕事なら、仮にまた手が震えることがあっても、ハンドルさえ切ればすぐ楽になれるだろうからな。


作品名:空墓所から 作家名:六色塔