空墓所から
「それではこれから、結婚式を始めます! まずは、新郎新婦の入場です!」
ハッとして声のしたほうを見ると、声の主は先ほどまで髪をセットしていた女性の片方だった。彼女自身もいつの間にか正装に着替え、いつの間にか用意されたマイクの前でバインダーを手にしている。彼女の声とともに、従者のふたりによってゆっくりと玉座の間の入口が開かれる。
そこには、ウェディングドレスとフロックコートをまとったふたり━━先ほど椅子に座っていた男女がこれ以上ない幸福とともにたたずんでいた。
ふたりはゆっくりと玉座の間に入り、赤じゅうたんが敷かれた道をこちらに向かって歩んでくる。従者が設置したのであろうスポットライトが柔らかい光でふたりを照らし出し、それによってふたりの満面の笑みがこちらにも浮かび上がってくる。言わずと知れたヴァージンロードを歩く光景だ。
わしはしばしの間、その光景に見とれることしかできなかった。しかし、すぐさま自分が悪の教皇であることを思い出す。
これは断じて知り合いのサプライズなどではない! ふざけた冒険者のくだらない戯れだ。この悪の教皇が居座る玉座で挙式をしようなぞ万死に値する所業。役立たずの護衛どものやりでこやつらを仕留められないのなら、わしが直々に魔法で始末をしてくれよう!
怒りとともに、先ほど唱えるのをやめた爆発魔法を詠唱していく。この魔法が発動すればこの間は完全に火の海となる。わし以外━━護衛すらも助からないだろうが、そんなことはどうでもいい。この狂った式を一刻も早く止めること。それが魔教皇たるわしがすべきことに他ならないのだから。
わしが魔法を唱えている間、幸せの渦中にいるふたりは神父━━先ほど部屋を見回していた年配のひげの男性だ、その前でテンプレ通りの質問に答え、誓いをたてていた。
「フタリハ、エイエンノ、アイヲ、チカイマスカ?」
すっかりこの部屋の主人公になったつもりでいるふたりは、その問いかけに神妙に「はい」と答えた後、荘厳なる誓いの口づけをする。この悪の教皇たるわしの眼前で、このように男女がイチャイチャとハレンチなことをするなぞ、奈落の底に落とし、肉体はおろかその精神すら破壊してもし足りない。わしはさらに詠唱の声を荒らげ、これでもかというほどの殺意を込めて魔法を展開し始める。
やがて、詠唱が終わりに近づき、わしの両の手のひらの間に巨大な火球が出現した。幸福に満ちたふたりの顔。わしはその顔をめがけて、思い切りふたつの火球を振り下ろすように放り込んだ……はずだった。
わしと契りを結ぶ二人の間にいた女性━━新郎新婦の身だしなみを整えていた司会でないほうのもうひとりの女性。彼女の手前で、わしの放った火球は分厚い壁にぶち当たったかのようにふっと消え去った。直後、彼女はわしににこやかにほほえむと、優雅な足取りでこちらにやってきて、グラスを手渡した。
「さあ、新郎新婦がお席につきました。乾杯の時間です」
司会の女性がマイクの前で、グラスを掲げて言い放つ。
「それでは皆さま、お飲み物の準備はよろしいでしょうか」
いつの間にか護衛のものどもまで、やりを捨ててグラスを手にしていた。
「では、ふたりのますますのご活躍とご発展を願って、かんぱーい!」
「かんぱーい!」
わしは注がれているシャンパンを一気に飲み干した。ここまで来てグラスに口をつけないのは、いかに悪の教皇といえども沽券に関わる。わしは悪ではあるが、空気はちゃんと読む男だ。
「さあ、続いては新郎新婦、初めての共同作業です!」
ふむ。結婚式といえばこれも定番だな。そう思って眺めていると、いっこうにケーキが運ばれてくる様子がない。これは従者のやつ、とんだ手抜かりをやらかしたわいと思ったその瞬間、いつの間にか目の前に来ていた新郎新婦がナイフでわしを真っ二つに切り裂いた。
「お見事な共同作業でした! おふたりともお幸せに!」
その声を聞きながら、わしはこと切れる。そうか、ラスボスのわしが「ケーキ」だとはねえ。
その後、式がつつがなく終わったか、あの男女が幸せな結婚生活を送れたのか。それは、真っ二つにされてしまったわしにはわからないことだった。