空墓所から
45.玉座の間で
よくわからんやつらが、ぞろぞろとわしの玉座の前に集まってきおった。
なんだなんだ。護衛の者どもは何をしていると思ったら、えりすぐりの精鋭であるわしの護衛兵は、そのわけのわからない輩を必死にやりで突き殺そうとしていた。
しかし、それらのやりは虚しく空を切り続けている。
それはなぜか。やつらは護衛が繰り出すやりをひょいひょいと軽くかわしながら「何か」の準備をし始めているからなのだ。
もう少しでこの世を手中に収めようかという偉大な悪の教皇であるこのわしの玉座の前で、このような無礼を働くとは。一瞬のうちに消し炭にしてくれるわと思い爆発魔法の詠唱を始めようかと思ったが、よくよく考えれば、まだこやつらはわしに直接の迷惑はかけていない。もしかしたら闇の魔術師や漆黒の竜といった偉大なるわしの知り合いたちが、サプライズでプレゼントをしてくれたという可能性もある。わしは魔法の詠唱をせず、しばらくやつらのすることをながめることにした。
やつらは7人で構成されていた。男性が4人、女性が3人。
ひとりの男性は他の6人よりも年配で長く立派な白いひげを蓄えており、護衛のやりを軽くいなしながら、この玉座の間を歩き回って隅々まで眺めている。
次に目を引くのは一組の男女だ。このふたりは別のふたりの男性が持ち込んだ椅子に腰掛けて、親しげに談笑している。当然、このふたりにもやりの雨が降り注いでいるが、彼らはスッと小さく身をよじるだけでそれらをかわし続けているため、その体から血潮が吹き出る様子はない。
その男女の後ろで、せっせとふたりの身だしなみを整えているのがふたりの女性たちだ。ひとりが女性を担当し、もうひとりが男性のほうを受け持っている。ふたりはこれまたにこやかに談笑をしながら、目の前に座る男女の髪をかいがいしくセットし、顔にメイクを施している。彼女らも当然のようにその作業を遂行しながら、ひょいひょいやりをかわし続けていた。
残ったふたりの男性は、片隅で何やらテーブルやじゅうたん、キャンドルや食事といったものをせっせと用意し始めていた。先ほどの男女が座っている椅子も彼らが持ってきていたところを見ると、このふたりの男性は従者のような立場なのだろう。彼らも当然のようにわが護衛兵の攻撃をものともしていなかった。
ここまで彼らの観察を続けても、わしには彼らの正体がつかめなかった。まだ知り合いからのサプライズの可能性がある。いや、その可能性が高い。何せ、わしはこの世の悪の権化たる魔教皇なのだ。確かに各国の指導者が、わしを倒すべく軍隊や冒険者を差し向けようとしているという情報は入手している。だが、そんな手合いが従者やスタイリストのような立場の者を連れて、わしの目前で悠長に髪のセットや食事の用意を始めるだろうか。わしを倒そうとするのなら、それなりの得物を携えて、魔法の詠唱を行いながら決死の形相で立ち向かってくる。それが普通というものではないか。
迷いを抱えたまま、わしは彼らの行動を見ていることしかできなかった。7人は各々、自分の(恐らく)やるべきことをこなしながら、相変わらず護衛のやりをかわし続けている。
そうだ。そもそも、この玉座の間は城の最上階に位置しており、配下の中でも特にわしが許可を出したものしか入れない部屋のはずだ。この7人が知り合いからのサプライズならば、その旨を門番などに伝えたはず。わしは急いで護衛のひとりを使いに走らせ、門衛の長であるジャイアントゴーレムに彼らの正体を問いただした。
しかし、その回答は情けない限りのものであった。あの木偶のゴーレムの回答は、今日は誰も門に来ていないというものだった。こうしてここに7人もの男女がいる以上、そのようなことがあるわけがない。あやつの警備に問題があったということだ。あの泥人形を首にしなければ、そう思った瞬間、玉座の間に明るく弾けるような声が響き渡った。