空墓所から
僕の最初の相手は大山さんだった。大山さんもクラスではとても人気があり、吉田さんと同じくらい影で憧れている男子は多い。そんな彼女と、若干の照れを感じながら羽をつき合っていると、やがて彼女は思いっきり羽子板を空振ってしまい、羽根は草むらにポトンと落ちて転がった。
「はい。真歩ちゃんの負けー」
三田さんが大きな声でそう宣言すると、懐から何やら取り出した。それは筆ペン。どうやら、負けたら顔に墨を塗られるという罰ゲームがあるようだ。
明るくてお調子ものの三田さんは大山さんの左目を丸で囲み、右のほっぺに大きなバツ印をつけた。
僕はその一連のやり取りに見とれてしまっていた。勝てば大っぴらに落書きをしてもいいんだ、しかも女の子のかわいい顔に。
「もー、小坂ー、あんま見んなよー」
すっかり情けない顔になっている大山さんが、真赤な顔で大声を上げる。そんな中、僕は勇気を出してある提案をした。
「それさ、勝ったほうが墨、塗ることにしようよ」
何気なく発言したつもりだったが、どうしても声が大きくなってしまう。心臓の鼓動がものすごい速さになる。ここでドン引かれて「おまえ、もう帰っていいよ」なんてことにはなりたくない。僕は心配そうに彼女らの顔色をうかがったが、「あ、いいじゃん、それ」と3人はむしろ乗り気なようだった。
2戦目は三田さんだった。彼女は活発で運動が得意な、よく男子たちにも混じって遊んでいる女子だった。そのせいか、クラスの男子にはあまり女子として見られておらず、憧れという意味では他二人よりもやや劣っていた感があった。だが、明るい性格で健康的でスタイルもよく、手足も長いので将来、確実に人気になるだろうなあと子供心にも思わせる女子だった。
彼女はさすがの運動神経で前後左右に羽根を打ち返し、僕を揺さぶる作戦に出ていた。羽根を打ち返すときの自信満々な表情を見ていると、この顔に恥ずかしい落書きをしてやりたいという感情がむくむくと持ち上がってくる。
そんな中、僕はふいをついて彼女の手前に小さく羽根をついた。今まで通り普通の打ち返しを待っていた三田さんは意表を突かれてしまい、僕の足元につんのめる形でひざまずき、やや遅れてその手前に羽根がポトリと落っこちた。
「うわあっ、小坂なんかに負けたー」
やはり身体能力には自身があったのだろう。悔しがる彼女を立たせてこちらを向かせ、大山さんから筆ペンを受け取った。
「…………」
どんな落書きをしてやろうかと三田さんの顔を正面から見つめる。すると、まだ墨を塗られてもいないのに彼女は顔を赤らめて叫んだ。
「なんかこれ、いやらしくないかー」
そんなこと、最初から気づいていたよと心中で思いながら、僕は三田さんの鼻を筆ペンで黒く塗りつぶし、ネコのような放射状のひげをほっぺに描いてあげた。
そして3戦目。憧れの吉田さん。
大好きな吉田さんの顔に好き勝手に落書きができる。そう思うと、胸が高鳴って仕方がない。あの可愛い顔に何を書いてやろうか。いつも冷静な吉田さんはうろたえたりするのだろうか。僕は自分の秘めた欲望を丸出しにして、吉田さんに羽根を打つ。
勝負はあっけなかった。あっという間に吉田さんは羽根を草むらに落とし、「あー、負けちゃったー」と悔しいのか悔しくないのかよくわからない声を上げる。僕は急くように大山さんから筆ペンをひったくり、「じゃあ、吉田さん、こっち向いて」と、罰ゲームを促した。
彼女は小さくうなずくと、目をつむって僕に無防備な顔をさらけ出す。それはキス顔を思わせるほど可憐で、思わず本当に唇をくっつけたくなってしまうほどだった。だが、クラスの女子二人が見ている前でそんなことはできないし、そもそも顔に墨を塗るという約束で吉田さんはこうしているのだから、それを違えることはできない。
僕は彼女の前髪を左手で優しく持ち上げ、右手に持つ筆ペンで彼女の両の眉毛をつなげた。形の良い彼女の眉はその中央が開通することで一気に無粋かつ無骨になり、整った彼女の顔を一気に台無しにさせてしまう。それだけにとどまらず、彼女の鼻の下へと筆を伸ばしていく。まだ産毛の生えそろったその部分が、容赦なく黒に蹂躙され、11歳の彼女は一瞬にしておじさんのような顔に変化してしまった。
傍で見ていた面白い顔の二人も彼女の顔に思わず噴き出してしまい、鏡を取り出して吉田さんに今の自分の顔を見るよう促した。意外にも吉田さんもこの顔を受け入れ(実は泣いてしまうんじゃないかとちょっと心配していた)、僕らは一緒になってその滑稽なおじさん顔を笑っていた。
やがて、彼女たちは近くの公園の水道で顔を洗い流し、僕らは各々家路についたのだった。
それから、長い年月がたった。
今、僕のすぐ下に吉田さんはいる。まあ、姓は小坂に変わったけれど。
そんな旧姓吉田さんは全裸で四つんばいになり、後ろから僕が深く挿入するたびに途切れるような甲高い声を上げている。
背中には「佑樹(僕の名前)の肉◯器です」という大きな文字。
お尻の左には「ア◯ルも大好き」とあり、肛門付近まで矢印が引かれている。
右には「佑樹のおち◯ぽズボズボして」という文。
僕の描いたこれらの落書きにまみれて、旧姓吉田さんは快楽を貪っている。
どうやら、僕がかつてない興奮を覚えたあのときの落書きで、旧姓吉田さんは落書きをされるほうの興奮に目覚めてしまったらしい。
それを知った僕らはお互い意気投合し、長年の交際を経て夫婦となった。そう、夫婦にはなったし、今も仲はいいのだが……。
何となくだが、彼女はあのとき、僕が落書きを好きなことに気がついていたんじゃないだろうか。そして、落書きをされて辱められたいという自分の欲望にも……。
まあ、今となってはそんな子どもの頃のことなど、どうでもいい。僕は僕にぴったりの「落書きができる場所」を見つけた。「場所」のほうもそれを喜んでくれている。それで十分じゃないか。
僕は体位を変え、正常位で彼女と愛しあう。そのバストや腹部にも、
「ドすけべ人妻」
「佑樹専用オ◯ホ」
「ここに精子いっぱいドピュドピュしてください→」
そんな言葉が、ところ狭しと並べられている。
それらの言葉が激しくみだらに揺れるさまと、相変わらず普段はクールな旧姓吉田さんの僕以外は誰も見たことがない表情を目に焼き付けながら、僕は激しく動き続ける。
やがて彼女が激しくけいれんしたのを確認し、僕はその太ももに書かれている「正」の字を1画、追加した。