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空墓所から

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56.落書き



 思えば小さい頃から、落書きが大好きだった。

 幼少の頃、通っていた幼稚園の部屋の隅に延々と何かを書いていた。ロッカーとロッカーのすき間、先生には見えづらいが、園児にはよく見えるような位置。そんな場所に、暇を見つけては他愛もないものを書き込んでいたのが、落書きの原体験であり、この児戯に対する目覚めだったように思う。
 でも結局、その隠しながら描画を進めていった落書き群は、あっさり先生方に見つかって消されてしまった上、僕は優しくて大好きだった石川先生にこっぴどく叱られるという悲惨な結果に終わってしまった。普通の子ならば、ここで「落書きはするもんじゃない」と理解し、その後は控えるようになるのだろう。だが、僕はなぜかそうは思わなかった。大好きな石川先生が鬼のような顔をして怒るのを見ながら僕は、「落書きの本質は、見つからずに行うスリルにあるんだな」という感想を持ったんだ。それが背徳感と呼ばれるものであることを数年後に知るのだが。

 そんな幼稚園の頃から落書きというものに執着していた僕も6歳になり、小学校に上がった。小学生ともなると幼稚園に比べれば活動範囲が格段に広がり、ひとりでいる瞬間も多くなる。必然的に落書きのチャンスは増える。僕は自身からあふれ出る旺盛な落書き欲を満たすため、好んで一人になりたがった。登下校のとき、移動教室に行く途中、昼休みや放課後……。

 学校での落書き作業は、幼稚園の時よりもはるかに楽だった。幼な過ぎて、何をしでかすかわからない園児を何人もの保育士さんが見張っている幼稚園。児童の数が増えたとはいえ、ある程度しつけができ始めていて、先生の警戒も薄くなる小学校。比較すればどちらが落書きに適しているかは一目瞭然だった。また、僕が孤独を好むということ以外は極めて模範的な児童(成績も悪くなかったし、最低限の人付き合いもこなしていた)だったことも大きかったと思う。先生という生き物は、こういう手のかからないおとなしい生徒が大好きだ。裏で構内のあちらこちらにペンでくだらない落書きをしているやつだなんて夢にも思っていなかっただろう。

 落書きは、本当にくだらないものだった。排せつ物がとぐろを巻いて湯気を立てている、いわゆるうんこの絵から始まり、アニメキャラの絵を書いてみたり、単純にそのとき思い浮かんだ人の顔を書いてみたり、男性器のようなものを書いてみたり。それらはおよそ絵とは言えないようなものばかりだったが、当時の僕は落書きには意味があってはならないという強いこだわりを持っていた。もちろん図工の時間にも絵を描くが、それは自分の中でちゃんとした絵を描くよう強く意識していた。だが、落書きは逆に意味があってはならない、落書きに気付いたものが、「なんでここにこれを書いたんだろう、ここじゃなくても、これじゃなくてもいいのに」と、思わなければならないという固定観念を持っていたのだ。

 他にも、単語や文章のようなものも多少は書いたが、小学生ということもあり、いわゆる怪文書のようなうわさや人の悪口に類するようなことは一切書かなかった。せいぜいうんこだちんこだまんこだといった、卑語を書き連ねる程度だったように思う。


 そんな小学校生活も後半、5年生の冬休み。とあるできごとがあった。

 新しい年が明けて数日。まだまだ厳しい冷え込みが続いていたが、風の子である僕ら小学生はそんな寒さをものともせず、元気に外で遊び回っていた。

 僕もペンをポケットに忍ばせ、寒空の下、ひとり手頃なブロック塀でもないかと落書きできそうな場所を物色していたところだった。

「おーい」

突如、向こうから女子の声が聞こえた。僕は自分のことではないと思い、最初、それを無視した。

「おーい、小坂―」

自分の名字を言われて、僕はやっとそっちの方を見上げる。

 そこには、同じクラスの女子3人、吉田さん、大山さん、三田さんが僕を見ながら立っていた。

「なんだよ」

 女子の前であるが故に思わずぶっきらぼうに返事をした僕に、彼女らは呼び止めた理由を説明し始める。彼女らは羽根つきをして遊ぼうと思っていたのだけれど、3人で遊ぶのにはもう飽きてしまったみたいだ。そこで、たまたま通りがかった僕という新しい風を入れて、4人で羽根つきをすれば、より面白く遊べるんじゃないかと思って声をかけたということらしい。

 僕はあまり女子とは接点がない学校生活を送っていたので、この提案には少々驚いた。でも僕は、実は3人のうちのひとりである吉田さんに特別な思いを抱いていた。透けるような白い肌、背が高く理知的でクールなたたずまい。落書きのために日頃、部屋の隅のほこりっぽい場所ばかりを好んでいる僕も、彼女の華やかさには、白旗を上げざるを得ない生活を続けていたのだ。

「ねえ、どうかな」

小首をかしげて僕の答えを促す吉田さん。そんな愛らしい仕草で頼まれたらクラスの男子は皆、応じない訳にはいかないだろう。

 僕はこの提案を受け入れ、羽根つきに参加することにした。

作品名:空墓所から 作家名:六色塔