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空墓所から

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 兄が事実を知る瞬間は意外に早くやって来た。

 例の番組がうちの市の特集を組むことになり、有名店として兄のパン屋を紹介することに決まったからだ。

 ロケ当日。兄は一日でこんなに痩せるのかというほどげっそりとやつれて帰ってきた。もちろん最愛の妻と口論などはしていなかったが、まんまといっぱい食わされた、とでも言いたげな顔つきで、その後も数日はそんなしおれた顔つきでパン屋と母の病院と家を往復していた。

 さて、そのオンエアの日。

 その回の放送は普段と構成が変わっていた。今回、訪れるパン屋さんはレポーターの夫が経営しており、当時交際中だったレポーターに何も言わず店舗を始めたという事実が冒頭で明かされる。
 さらに、妻であるレポーターはそのことについてどのような思いを抱いていたか、今回の放送でどのようにしてこの件について思いの丈をぶつけるか、それらが次第にヴェールを脱いでいく。

 そして、ロケの場面。兄嫁が物陰に潜む中、緊張した面持ちで店の前に立つ兄。

 そこに本番用カメラが回りだす。今だとばかりに兄嫁が駆け寄り、夫とカメラにあいさつをする。

「『うまいたま、さいたま』。今回はこちらのパン屋さん、サニースポットにお伺いしております。こちらの店長の持田宏さんは、実は私の夫でもあるんです。では、早速インタビューしていきたいと思いまーす」

「え? あぇ? な、なんで?」

目を白黒とさせる兄に向かって、兄嫁はここまでの経緯を何もかもぶちまけた。自分一人で勝手にパン屋を始められたのがとても悲しかったこと。あなたがパン屋という夢を追うんなら、私も小さい頃から憧れていたタレントの夢を追おうと思ったこと。内緒でオーディションを受け、合格して今の事務所に所属させてもらっていること。かれこれ2年ほど、この番組でありがたいことにレポーターをさせてもらっていること……。

 妻の矢継ぎ早の告白を聞いて、兄はパンのことなどそっちのけで完全にあわてふためいていた。そして、パン屋を勝手に始めた件についてカメラの前で正式に謝り、今後は何かあったらお互いにまず相談をしようという約束をする。そこから兄のパン屋の紹介が始まり番組は無事に終了した。

 俺は、この番組を見て思う存分笑った。母はこの一件を知らなかったようだが、視聴後「これは宏が悪いよ」と言い放ち、すぐさま兄嫁養護の立場を取った。
 当の兄は、パン屋の仕事が忙しかったので放送が見られなかったようだが、そちらのほうが幸せだったかもしれない。でも、この放送は市内はもちろん、県内でも大きな反響があったので、大勢のお客さんがこの放送を見てお店にやってくるはずだ。きっと大盛況の店内で忙しそうな兄の顔を盗み見ては、ひそひそとされる日々が続くことだろう。

 兄嫁は芸能人の仕事をする夢がかなったこともあり、この放送後、もう悔いはないということで事務所を退所して一般人に戻った。今後は最愛の夫を助け、彼が経営するパン屋を県内一のお店にするために、そのタレント性を活用していきたいと語っていた。

 パン屋がさらに好調になれば、次のめでたい話題はさしずめ子どもということになりそうだが、母はともかくこればかりは弟の俺が同じ屋根の下にいたらお邪魔だろう。というわけで、近いうちに一人暮らしを始める算段を立てようかと思っている。


作品名:空墓所から 作家名:六色塔