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空墓所から

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8.触れ合う指先



 えっ、パパとママはどうして結婚したのかって?

 清華。おまえもそういうことに興味を持つ年頃になったかぁ、早いもんだなあ。でも、もう少し大きくなったら教えてやるからな。ん、どうしても今、お父さんに聞きたい? うーん、そっか。仕方がないなあ。でも、ママには内緒にしておくんだぞ。


 もともとパパとママはね、お家が近くだったんだ。同じマンションの同じ階に住んでいて、しかも年が一歳しか変わらない。パパとママのお母さん、清華のおばあちゃんだね、が、仲が良かったこともあって、物心がついた頃にはもう、パパとママは一緒に遊ぶような仲だったんだよ。

 その日も、お母さんたちのお使いの帰りに近所の公園に寄って、二人で砂場で遊んでいた。おもちゃのバケツに砂をこれでもかとぎゅうぎゅう詰め込んで、それをひっくり返して小山を作って、シャベルで突き固める。そこにお互い向い合せでしゃがみ込んで、小山に地面と水平に穴を掘っていくんだ。みんな、一度はやったことがあるだろう。言わずとしれたトンネルを掘る作業。陽光がまぶしい春の、のどかな昼下がりの時分に、小さいパパとママはそんなことをしていたんだよ。

 お母さんたち二人は、少し離れたベンチに腰を掛けていた。その傍らにはネギや大根が頭を出したスーパーの買い物袋。たまにこちらに目をやって僕らの状況をうかがってはいるが、どちらかといえば談笑のほうに気がいっているようだった。

 そんな中、パパは目の前の小山のふもとを右の手指で少々削る。ややくぼんだその部分の土を指でわきに追いやって、指が数本入る程度の穴を作り、その穴をさらに掘り進めていく。

 小山を挟んだ向かい側には既に泥んこまみれになっているママが、子どもなりにお姉さん然とした顔立ちでこちらを見ていた。
 パパとママは、ママのほうが一個上なんだけど、そんな小さいときからお姉さんを気取っているところがあった。何かと世話を焼いてくるし、口うるさいところもあったし。もちろん、結婚した今となっては、いつも本当にありがたいなあと思っているんだけれどね。

 そんなママを目の端に入れながら、同じく泥んこのパパは湿った砂をかき分けて小山を掘り進んでいった。少しずつ、少しずつ、時折穴から手を出して、たまった中の砂をかき出しながら、もぐらのように砂山の中を手がはい進んでいくんだ。

 真向かいでは、ママもこちらと同じように、右腕を動かしているのが見えた。こちらと同じようなしゃがんだ体制で。掘っているところは小山で確認できないけど、恐らくこちらと同じように、右手を砂山の中に沈め、中の砂を追い出す作業をしているのだろう。

 公園には、僕ら二組の親子以外は、誰もいなかった。そこには、ただただ、柔らかい日差しと心地よい微風だけがそこにあった。

 お母さんたちは、すっかり会話に夢中になっている。もうこちらも見ていない。それもそのはず、公園に誰かがやって来る気配すらないし、僕らもおとなしく砂場で右腕以外は動かしていないんだから。

 パパはさらに、小山のど真ん中を横切るトンネルを開通させようと掘り進める。ていねいに土を掘り出しながら、でも土砂崩れが起きないよう、慎重にその土をかき出す。その合間を縫って立ち上がって上から眺め、どれぐらいまで掘り進んでいるかの確認も忘れない。……真ん中よりちょっと足りないくらいか、でも、向こう側からママが掘り進んでいるわけだから、中央まで掘ればいいはず。なら、無事に開通するのも近いかもしれない。

 パパは再びしゃがみ込み、右手を穴に入れてラストスパートをかけた。あともう少しでトンネルが開通する。僕らにとっての一大事業が完成する。子供心にそんな偉大な物事を成し遂げるような気持ちになっていた。でも、ここで焦って小山を崩すような乱暴を働いてはいけない。何事も最後が肝心なんだ。そんな気を引き締める思いも抱きながら、右手を必死に、かつ慎重に動かしていく。

 そして、不意にその瞬間は訪れた。砂中の右手の指先が、急にポッカリと吹き抜けるような感覚と、手指にまとわりつく生温くて細い、しっとりとした甘美な感触。

 それは、お母さんたちの目の届くことがない小山の中という場所。いや、それどころか、自分たちだって見えていない、洞窟の奥の奥。その秘密の地でこっそり熱と湿り気を持って絡み合う泥まみれの指と指。なぜか妙に汗ばんでいて、柔らかで弾力性に富んでいて、いつまでも、いつまでも触れていたい、そう思わせるような触り心地……。
 しばらくその肉感的な指の感触と、秘密を共有するような背徳感とを堪能していると、不意に視線を感じた。顔を見上げると、ママが、やったねとでも言いたげにこちらを見ながら、にっこりとほほ笑んでいたんだ。

 その瞬間だった。ああ、美羽ちゃん (ママの名)って、すごいかわいいんだなって。そして、この触り心地のいい指先をずっと、ずっと握っていたいなって、本当に心からそう思ったんだよ。


 このときのことをママが覚えているかは分からない(なんせ、大昔の、しかも幼少期のことだからね)。けれども、少なくともパパがママをはっきりと好きだって意識したのはこのときだったなあ。まあ、パパ、ヘタレだったから、中学の卒業式まで告白できなかったんだけどね。

 ん、なんだい清華? 前にママにも同じことを聞いたけど、ママもこのときのことをちゃんと覚えてた? で、パパはこれで落ちたから、清華もやってみなってママ言ってたから、私も今度、ひまわり組のけんとくんにやってみようと思ってる?

 うーん。ママ、覚えてたのか……。というか、計算だったのかぁ……。
 あー、なんかパパ、いろいろショックだなあ。なあ。清華、せめておまえは、もう少し大きくなってからでもいいんじゃないか?


作品名:空墓所から 作家名:六色塔