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空墓所から

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47.とある休日



 目が覚めた。

 いつもの見慣れた景色。だが、普段とは違う点もあった。どことなく体調が悪い。気だるさが総身を包み込み、脈を打つたびにズキン、ズキンと頭部に軽い痛みが走る。のどにも多少痛みがあり、時折せきが出る。どうやら風邪気味なのかもしれない。

 トイレで小用を足し、布団のそばへと戻ってくる。体調が悪いとき、一人暮らしというのは本当に心細いものだ。命に別条はないとは思うが、それでもけん怠感と頭痛が氷のように肝を冷やし続け、のどの痛みとたまに出るせきがそれに拍車をかけていく。

 開かれたカーテン、その窓からはどんよりと曇った空が顔をのぞかせ、その証拠とばかりにザアザアという雨音が聞こえてきていた。どうやら天気のほうもあまりよろしくないようだ。

 傍らのスマホを手で引き寄せてスケジュールを確認する。幸いにも、今日、どうしてもやらなければならない用事はない。普段、何か予定が入っていないと不安になるという面倒くさい人間なのだが、ぎっちぎちに予定が入っていてもすぐ過労で倒れるというすこぶる手のかかるタイプなので、無理のない程度の予定を毎日入れる、というのが人生の基本戦略になってしまっている。そんな僕が丸一日なんの予定も入れていないというのは本当に珍しく、こんな日はゴールデンウィークや盆暮れ正月でもめったに見られない。

 ズキズキする頭でスケジュールに入れ忘れた予定はないか考え込む。仕事関係は確実に予定に放り込むので、友人関係、家族関係、役所に行くなどといったものを中心に記憶から掘り起こしてみる。しかし、どうしても今日、行わなければならないような重大な用事はひとつも思い当たらなかった。

 それならば、もう今日一日は完全に休んでしまおう。運良く予定がなく、運悪く体調と天気が悪いのだ。一日、「何もしない」をするに限る。僕はそう思い、布団の近くに立ちつくしていた、昨晩、寝る前に飲んでいたウーロン茶のペットボトルを開け、すっかりぬるくなった茶色の液体を飲み干す。そして、片付けもせずにそれを部屋の隅に放り投げ(誓って記すが、普段の僕はペットボトルを部屋に放置するほど怠惰じゃない。あくまで今日はオフにするという決意のあらわれだ)、まだ温もりの残る布団に再び入り込んだ。

 まだ早朝という時間帯だし、少し前に起きたばかりだ。いきなり横になったってすぐには眠れやしないだろうと思い、ダラダラとスマホでSNSなどをながめていたが、次第に強くなっていく雨音と、すぐれない体調のせいでまぶたが重くなり、やがて意識は遠のいていった……。

 再び目が覚める。

 視界はすっかり暗くなっていた。その暗さで今の時間が夜であることが理解できる。閉められたカーテンの向こうからは相変わらず水滴が世界をたたきつける音が聞こえ、今日は一日中雨であったことをうかがわせていた。

 僕はスマホで時間を確認し、ずいぶんと眠ってしまったことを後悔しながら小用に立つ。用を足して再び布団のそばに戻ってくる。

 よく眠ったせいか、体調のほうは少しばかり良くなっていた。怠さは取れたし、頭痛もそれほどない。ただのどの痛みは相変わらずだし、やっぱりせきが口からときどき漏れ出していた。

 さて、これからどうしよう。昼間、あれだけ眠ってしまったことを考えると、今夜は眠れない可能性が高い。かといってこのまま昼夜逆転の生活になってしまうのもよろしくない。明日以降はまたいろいろと用事のある生活が僕を待っているのだ。

 そんなふうに考えていたら、突如、おなかが鳴った。そうだ、よく考えれば今日一日、何も食べていない。寝ているだけでも腹は空くのだなあと思い、台所に向かう。まだ雨は降っているようだし、コンビニエンスストアには行きたくなかった。

 あり合わせの冷凍食品を温めるなどをして、どうにか腹を満たす。その間に風呂にもお湯を張っておく。のどとせきのことを考えると、きちんと湯船につかったほうがいいだろうと思ったから。

 浴槽を湯が満たしたので、ゆっくりと風呂に入る。そういえば、普段はシャワーが大半なので、肩まで湯につかるのは久しぶりだ。やっぱり風呂にはちゃんと入ったほうがいいなと思いながら目をつむる。

 閉ざされた視界。そこに入り込んでくるのは、チャプン、チャプンという湯船の波音と、いまだに降りしきる雨音。

 それらの水音をぼんやり聞いているうちに、生ぬるいあくびが出始め、ゆるりとした眠気が忍び寄ってくる。またすぐに眠れるんじゃないかと思い、僕は浴槽の栓を抜いて風呂場を後にした。

 体が冷えないうちに着替え、電気を消してから、一日ずっといた場所に再び潜り込む。案の定、とろとろとした睡魔が襲いかかってきた。

 そういえば……。

 記憶が途切れる寸前、あることに気づく。

 今朝、カーテンが開いていたのはなぜだろう……。夜、起きた時にカーテンが閉まっていたのはなぜだろう……。一人暮らしのはずなのに……。


作品名:空墓所から 作家名:六色塔