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空墓所から

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9.皆勤賞



 美由は、どこか浮世離れした、何というか超然としたところのある子でした。

 真っ白な校舎、美麗な時計塔と予鈴を鳴らす鐘、お嬢様しか入れないような、そんな麗しい中高一貫校。駄目元でそこを受験し合格してしまった私は、緊張した面持ちで入学式の席に着きます。そこでたまたま隣りに居合わせたのが美由だったのです。

 集中力を欠いている私をよそに、美由は清純なたたずまいで椅子に腰掛け、しっかりとその輝く瞳を前に向け、真剣に話に聞き入っていました。開始数分ですっかり式に飽きてしまい、キョロキョロとみっともなく周囲を見回していた私は、そんな隣の少女をふと目に入れます。同い年なのに大人びた、落ち着いた物腰と横顔。世の中にはこんなにきれいでちゃんとした女の子がいるのかと、私は驚嘆することしきりでした。それに引き換え、私は落ち着かなくて、背の小さいへちゃむくれ。あのとき、自分がなんだかとてもみじめに思えたのを良く覚えています。

 無事に式が終わり教室に入ると、偶然にも美由と私は座席も隣どうしでした。彼女は優雅でしなやかな動きで私のそばまで来ると、ていねいにあいさつをしてきます。そのときの彼女の美しさと来たら! 背の高い均整の取れた体つき、切れ長で涼しげな目、すっと通った鼻筋、真一文字に結ばれた唇、後れ毛なく結ばれた濡羽色の髪。入学式のときの横顔も十分にすてきでしたが、そうやって正面に立つ彼女もまた、非の打ち所がありません。私はその美しさにすっかりうろたえてしまい、まごまごしながらあいさつを返すのがやっとだったのです。

 それほどまで美しい美由と、そんな彼女に気後れしていた私でしたが、意外にも馬が合ったようで、あっという間に親しくなり、入学して1カ月もしないうちに私たちは、何をするにも二人で行動するようになっていました。
 朝は大抵の場合、美由が私の家まで迎えに来てくれ、ともに登校します。休み時間は、二人でとりとめのないことを延々とおしゃべりするのです。お昼休みも二人で校舎の屋上へ赴いてお弁当を食べ、放課後も二人っきりで帰るのです。
 休日や祝日も、さすがに毎週末とまではいきませんでしたが、私たちは頻繁にお互いの家で一緒の時を過ごしたり、駅前などで待ち合わせて、二人で買い物や映画などを楽しんだりといったことに時間を費やしていました。

 そのように二人での楽しい日々を過ごしていると、時折、ふいにお互いの体が触れ合う瞬間が訪れることがあります。映画のチケットをまとめて購入し、その1枚を手渡す瞬間。部屋で語らっているときなどに、ふと同じタイミングでお菓子を手に取ろうとした瞬間。混み合ったバスや電車などで他の客に押された瞬間。
 指と指、手と手、体と体。美由のそれと私のそれが触れ合うたび、私は何か触れてはいけないものに触れてしまったかのような、何かひどく美しいものを汚してしまったような自己嫌悪に陥るのが常でした。でも、それだけならまだ良かったのです。それと同じぐらい、いや、それ以上に、もっと触れてしまいたいという━━それはある種の禁忌の感情だと思っていたせいか、すぐに心中から打ち消してしまっていましたが、そんな思いを私は秘めるようになっていったのです。
 一方で、美由は私のそんな思いには全く頓着している様子はなく、以前よりも若干、青白くなった肌で、その美しい顔立ちに優しい笑みを浮かべ、いつものように私の隣にたたずんでいるのでした。

 私と美由が二人の世界に閉じこもっていると、周囲のクラスメイトも、私たちの関係に気付き始めます。あの二人は何か特別な関係なのではないか、ちょっとあの二人に話し掛けるのは勇気がいるよね、といったような言葉がときどきひそひそとこちらに聞こえてくるのです。
 また、美由は先述の通り、非常に美しいものですから、生徒の中にはひそかに思いを寄せている者が多く居るようでした。でも、そのような立場の者からすると、常に美由のそばにいる私は邪魔者であり、憎むべき恋敵になるわけです。そのせいでしょうか、私は中学生活の中で嫌な目に合うことが多々ありました。靴や体操着を隠されたり、お手洗いで上から水をかけられたり。時には面と向かって、美由と仲良くするのをやめるように言ってくる子もいたほどでした。
 しかし、私は彼女たちのそういった行為をちっとも苦にしませんでした。また、美由や教師に言いつけることもしなかったのです。
 私はそれほどまでも、美由と一緒に居ることが楽しかったのです。美由と一緒に居ることさえできれば、他に何もいらなかったのです。

 そうしているうちに月日はたち、1年生が終わり、2年生が終わり、私たちは中学3年生になりました。

 私と美由は巡り合わせが良かったのか、3年間ずっと同じクラスでした。そのことも相まって、私たちの仲は誰の目にも分かるほどに親密となっていました。私たちはまるで一心同体かのように常に二人一緒に居るため、生徒や先生に半ばあきれられ、ときにからかわれ、私は相変わらずいじめにあっていたのをよく覚えています。
 しかし、いくら二人一緒に居ても、美由の美しさや学業成績までもが似てくるわけではありません。彼女は1年生の頃からずっとトップクラスの成績でしたが、私は良くて下の中といった程度。美由に勉強を教えてもらってもなかなか成績が向上せず、劣等生でいることを余儀なくされていたのです。
 でも、そんな私にも一つだけ、絶対に誰にも負けない取りえがありました。それは学校を休まないことでした。私はそれぐらい学校が楽しかったのです。いや、正確には、美由と過ごす日々がこの上なく楽しかったのです。美由と一緒に居ることさえできれば、成績が悪くても、先述のようないじめも、なんてことはなかったのです。
 私は、美由のおかげで学校にちゃんと来れていることを、何度も美由に話しました。美由と一緒だから、美由と一緒にいられることが楽しいから、朝、ちゃんと起きられるから……。だから、これからもずっと、美由と一緒に居たいこと……。

 そして……、私はあるとき、美由に告白をしたのです。美由のことを友人としてだけでなく、一人の人間として好いているということ。これから、できれば美由と友人以上の関係になりたいということ……。

 美由はいつも、私の話を黙ってよく聞いてくれるのが常でした。今回の私の告白も、話し終えるまで、美由はあの入学式のときと全く同じ真面目な顔で、じっと聞き入っていました。そして、私が思い丈を伝えると、以前よりも一層青白く透けるような顔からで少し息をはき、こう言ったのです。

「沙奈が、今年も皆勤賞を取れたらいいよ」

私はこの言葉を聞いて有頂天になりました。美由が居るのなら、無遅刻無欠席を守ることなど容易いでしょう。私は喜んで、美由のその提案を受け入れたのでした。

作品名:空墓所から 作家名:六色塔