空墓所から
63.奪い物
朝。今日は普段よりもいくぶん心地良い目覚め。
顔を洗い、朝食のテーブルへ。普段通りのハムエッグとサラダ、トーストとコーヒー。私はキッチンに立つ母に聞こえるように「いただきます」というあいさつとともに、それらを食べ始める。そして「ごちそうさま」というセリフの後、食器を洗ってから再び自室に戻ってくる。
今日の私が普段よりも機嫌がいいのには理由がある。まず、今日が休日だということ。平日の私だったらアラームをスヌーズにしても起きずに惰眠を貪り続け、朝食も仕方なくトーストだけを中途半端にかじってあわてて玄関を出ていくところだ。でも、休みの日ならそんなことはない。少しくらいならゆっくり眠っていてもいいし、ゆっくりと朝食をとることもできる。
そして機嫌がいいもう一つの理由。それは今日が私の誕生日だということ。いくつになったのかは妙齢の女子なので伏せておくが、無事に歳を重ねることができたことは良いことだ。しかも、ありがたいことに昼過ぎから友人たちが誕生パーティを開催してくれる運びとなっている。私はこのすてきな催しが待ちきれず、昨晩、寝付くのが遅くなってしまったほどだった。
パーティの開始まで、まだ数時間ある。会場である友人の家まで小一時間ほどかかるけど、それでも優に2時間以上の余裕がある。私はもう少し二度寝をしてから起きても良かったな、と普段と変わらない時刻に起床した自分の不器用さに腹が立ったが、すぐに今日が特別な日であることを思い出し、そんな自分を寛容な精神で許してあげることにした。
さて、どうにか午前中の退屈な時間をいろいろな雑事で紛らわした私は、パーティ会場である友人のミカ宅の門前に立っていた。指定時間の5分前。でも、この時間は恐らく本日の主役である私のみが指定された時間であり、友人たちはきっと朝から集まってさまざまな準備をしているのだろう。
私はそんな彼女らに感謝の気持ちを抱きつつインターフォンを押す。やや遅れてミカから応答があり、少しだけ門前で待つように言われた。もしかしたら、ちょっと準備に手間取っているのかもしれない。
やがて、ミカのほうから扉を開けて入ってくるよう指示がある。早速私は門扉を開け、踏石を渡って扉の前へ行き、軽いノックをした後にそれを開いた。
「誕生日、おめでとー」
「Happy Birthday!」
「おめでとー」
その瞬間、友人たちの祝福の言葉とともにたくさんのクラッカーが鳴る。紙吹雪や紙テープが容赦なく降り注ぎ、私が今日の主役であることを再認識させられる。
歓迎の熱も冷めやらぬまま、私と友人たちは一室に通される。今日のパーティの会場となるその部屋は、早くからみんなが準備をしてくれたのであろうさまざまなオーナメントが壁を彩り、テーブルに並べられたたくさんの種類の料理や飲み物が今にものどごしを通り抜けるのを待ち受けているようだった。
主催と進行役を兼ねるミカが全員のグラスに飲み物が入っていることを確認し、乾杯の音頭をとる。私たちはグラスを高く掲げて乾杯をした後、グラス内の液体に口をつける。そこからしばしの間、歓談という名のフリータイムが始まった。
酔いとともに時の過ぎるのを忘れ、宴もたけなわといった頃。ミカが急に声を張り上げた。
「はーい。今からプレゼントタイムでーす」
その言葉とともに友人たちはみな、どこからか持ち出してきた贈り物を私に渡してくる。リボンがかけられた箱、丁寧にラッピングされたもの、中には商品がむき出しのものもあったが、中身がわかっていても気持ちがこもっていればうれしいものだ。渡してくれた友人の許可を取ってから、私は丁寧に包みや箱を開いていく。便利な小物、コスメ、アロマグッズなどなど、みなどれも実用的でありがたいものばかりだ。
これで全員か、と思ったそのとき、当の進行役であるミカが唐突に1辺30cm程度の簡素な箱を私に黙って手渡してきた。彼女はおめでとうの言葉も言わず、私を見てただただ穏やかにほほ笑んでいる。
「……開けても、いい?」
確認の言葉を彼女にかける。彼女がこくりとうなずいたのを確認すると、すっとその箱の上蓋を持ち上げて私は中身を確認した。
最初にそれをひと目見たとき、それはなにかのフルーツのような、もしくは何かの肉料理のような、はたまたスイーツのような、そんなものにソースをかけたようなものだと思った。
やがてその物体に関する情報が視覚を通して集まっていき、それを脳が全体像として統合し把握する。その瞬間、私は思わずその箱を取り落としそうなほどの衝撃を受けていた。
首。人の生首が、私と向き合うように箱の中に置かれ、開かれたうつろな目がしっかりと私を見つめていた。
数秒の沈黙。その後、ミカがぽつりと私に声をかけた。
「あんたがね、サナエに影でいじめられてたことは気付いてたよ」
私はミカの顔を仰ぎ見る。怖くて誰にも言えなかったのに……。私の思いをまるで手に取るかのように、ミカは穏やかなほほ笑みを崩さず、私を見つめ続けていた。
「だから、贈り物じゃなくて、あんたの人生に邪魔なやつを奪っておいた。いわば、奪い物だね。まあ、私もこいつは嫌いだったから」
ミカは相変わらずほほ笑みを絶やさず、恐怖で固まっている室内の友人たちに聞こえるように言葉を継いだ。
「何年かな……。下手したら一生、みんなと会えない可能性もあるけどさ。今日という日を迎えられて、あんたの誕生日をみんなで祝えて、本当にうれしかったよ」
その言葉の後、彼女はそっとスマホを手に取り、ほほ笑みを絶やさぬまま110番に連絡した。通話が始まる直前、ミカはポツリと私にだけ聞こえるようにささやいた。
「あんたの今後の人生がより良くなるよう、祈ってるよ」