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空墓所から

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21.深夜の邂逅



 こんな深夜に目が覚めてしまった。

 朝まで起きているにはちょっと退屈過ぎるし、かといってもう一度寝ると目覚ましに気付かず寝坊する可能性が出てくるという時刻。枕元の時計は、そんないささか判断に困る時刻を示していた。

 しかも、それが今日だけではない。3日連続で続いている。

 参ったなあと頭をかきながら、なぜ眠りが浅いんだろうかと日頃の行状を振り返る。体を動かしていない、飲酒、スマホやディスプレイの見過ぎ、湯船につからずシャワーばかり……。思い当たることが多すぎて、どこから改善していくべきか見当もつかない。いや、そんな大局的な観点は取りあえず置いといたほうがいい。今、今夜をどうするかだ。この数時間を持て余さずに、明日、ちゃんと目が覚めて出勤するにはどうすればいいか。それを考えたほうがいいだろう。

 まず、最初に思いつく手段。このまま起きている、というのはよくないだろう。明日、勤務中に眠くなってしまう。
 では第2の手段。再び布団をかぶって眠りに就くか? それで眠りに就ければいいかもしれない。しかしこの場合、問題点が2つ出てきてしまう。思わず眠り過ぎてしまい、目覚ましに気付かず寝過ごしてしまうという可能性、反対に眠りに就くことができず、布団の中でジリジリと寝返りを打って朝を迎えてしまうという事態、この2つだ。
 もちろん、寝過ごして会社に遅刻し、上司に怒られるのは嫌だ。そして、眠れずに布団の中で日の出を見るというのは、そのまま起きているという最初の手段と大して変わらない。それどころか、万が一、明け方にウトウトしてしまったらもう目も当てられないのだ。

 一見、盤面は完全に手詰まりのように思えた。しかし、光明というものはどこかにあるものだ。ほんの10分ほど何かをして、それで眠りに就けばいい、そうひらめいた。そうすれば気分もよくなって眠りやすくなり、朝もスッキリ起きることができるに違いない。では、10分ほど何をしようか。短時間で済むもので、それほどめんどうではないもの。
 考慮の結果、近くの自動販売機に飲み物を買いに行くことにした。これなら時間も掛からないし、いい気分転換にもなる。

 早速、部屋着のままで小銭だけを握りしめ玄関の扉を開ける。夜中は物騒なのでちゃんと鍵を締めてから歩き出す。自動販売機までは50メートル程度。行って、商品を選んで、買って、戻って、飲んで。これらの行動をゆったりと行えば10分弱にはなるだろう。
 普段、歩いている街並みの別の顔を楽しむように、自動販売機を目指して歩いて行く。電灯も少ない、言い換えれば、治安的にはあまりよくないであろう通り。そこを通り抜け、見えてくる左右に伸びた道。そのT字路を右に曲がれば目的の地だ。そう思い、気持ち、足を速めようとしたその瞬間だった。

 人などいるわけがないという先入観から、勢いよく曲がろうとした右への道。そこから、いきなり黒いものが飛び出してきた。危うくぶつかりそうになってギョッとして立ち止まり、その何かを確認する。大して時間もかからずにその正体は判明した。老人。色あせた服を着たおじいさんが、つえをついて暗い夜道をよたよたと歩を進めていたのだ。
 ぶつかりそうになった私には目もくれず、おじいさんはつえを頼りによろよろとT字路を右から左に直進していく。その影は驚いた私をT字路に置き去りにし、いつの間にかどこかへと消え去ってしまった。私は気を取り直して少し先の自動販売機まで歩を進め、目的の飲み物を買って家路に就き、それを飲み干して無事に眠った。

 翌日。
 再び深夜に目が覚めてしまう。時間を確認すると昨晩と全く同じ時間。体内時計がずいぶんおかしなふうに狂ってるなあと思いつつ、私は昨晩、成功を収めた方法━━自動販売機で飲み物を買ってくるという手段を今夜も実行しようと思った。
 再び小銭だけを手に持ち、家を出てから鍵を締める。そして、昨晩と全く同じ足取りで自動販売機へと向かう。
 だが、夜中故に人などいるはずがないという先入観のせいだろうか、ゴールである自動販売機がすぐそこであることがそうさせたのだろうか、昨晩のT字路で起きたハプニングを私はすっかり失念していた。
 24時間前と同様にT字路を右に曲がろうとした私は、再び黒い影の存在に平常心を失った。そして、あわてて立ち止まることを余儀なくされる。その後には、昨晩と全く同じ出で立ちで、かたつむりのような歩みで、よろよろとつえをついていく老人の姿が残された。


 その日以降、私はすっかり深夜の同じ時間に目が覚めてしまう癖が付いてしまい、その度に自動販売機に飲み物を買いに行く生活を続けている。そして、その度に例のT字路で、おじいさんに出会っている。
 さすがに最近は、おじいさんにぶつかりそうになることはなくなった。それどころか、おじいさんのほうも私の顔を覚えてくれたようで、二言三言、言葉を交わすような間柄となった。

 しかし、おじいさんと別の時間、別の場所であったことは一切ない。近所に住んでいるのなら、スーパーやコンビニ、そうでなくとも昼間の路上でも出会いそうなものなのに。それに、なぜあんな危険な深夜、しかも同じ時間にいつもうろついているのか、その理由を聞いてみたこともない。反対に私のほうも、夜中に起きてしまうので気分転換のために自動販売機に飲み物を買いに来ている、なんてことは、おじいさんにはおくびにも出していない。

 まあ、でも多分、こんな感じの関係が一番長く続いたりするものなんだろう。私はそんなことをうっすらと考えながら、今日も深夜に目を覚ました。


作品名:空墓所から 作家名:六色塔