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空墓所から

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20.永遠の放擲



 うーん、困ったなあ。そんなに同じことばっかり聞かれてもねえ……。

 ……いや、もちろん、そういうわけじゃないんですよ。こうしてたくさんのかたがたが僕の話を聞きに来てくださっていることは、本当に感謝しています。こんな機会でもなければ、僕なんかが世間さまに情報を発信するなんてこと、きっとないでしょうしね。

 でも、みなさん。さすがにおんなじ質問が多すぎやしませんか。

 ええ、まあ、確かに僕は一介のクラゲですよ。身体能力とか、頭の良さとか、科学技術とか、そういった点は人間である皆さんのほうが恐らくはるかに上だと思います。というか、手も足も出ないぐらいの大きな差があるんじゃないかと思っていますよ。
 でもそうなると、そんな僕に人間よりもすごいところがありますかと、そんな問いかけが当然のようになされるでしょう。そして皆さんは、どうやら一つだけ胸のうちにその答えを秘めているじゃないですか。
 それは他でもありません。皆さんが先ほどから口々に僕に問いかけてくる、いわゆる不老不死の能力、これだと思います。ここまでは、それほど間違ってはいないでしょう。

 確かに僕たち、特定の種類のクラゲは、生殖が可能ないわゆる大人の状態から幼生に戻るという行為を繰り返すことが可能です。すなわち若返りを行うことによって、不老不死を実現させているのです。

 そして僕らは、あなたがた人間がこの不老不死の能力をのどから手が出るほどほしがっていることも知っているんです。でもね、もう少し僕らのこと、クラゲそのものに目を向けてくれたっていいと思いませんか。不老不死の秘密さえわかってしまえばあとは野となれ山となれ、僕らのことはもうどうだっていいと、そういうふうに考えていやしませんか。

 皆さん、不老不死に興味がおありのようなんでぶっちゃけてしまいますけどね。正直、あんなものは大していいもんじゃありませんよ。僕らの場合は先述のように若返りという形でそれを行っているんですが、若返るとどうなると思います?

 実はね、それまでの記憶が消えちゃうんですよ。全てでこそありませんが、記憶が一部抹消されて、つながりのないような状態になってしまうんです。そうなると大変ですよ。今、浮かんできた景色はいつの、どの記憶だ? これは真実か? それとも妄想か? こんな感じで浮かんでくる情景と日々、格闘していかなければならないんです。

 別にその程度ならいい? 記憶が欠けたとしても周囲の人々の証言や資料などでいくらでも補完することができる?

 その周囲の人々や資料とやらがうそをついていないとは誰も保証はできないでしょう。その気になれば洗脳とかし放題なんじゃないですか。あなた方人間は、そういうのが結構お好きだし、お得意なようですから。

 さらにそれだけじゃありません。もっとつらくて苦しいことがあるんです。そうやって記憶の一部を失いながら若返りを繰り返していくと、最終的にどうなっていくと思いますか。

 みなさんが初めて社会に出て働き始めたとき、何と言われました? 大きなミスや不幸があったとき、なんて声をかけられました?
 恐らく、「社会は厳しいんだぞ」とか「人生は不幸の連続だ」的なことを言われた人が多いのではないでしょうか。

 われわれクラゲの世界も、それは同じです。クラゲの一生も不幸なことばかりなんです。弱肉強食のどちらかといえば「弱」側だし、えさにはなかなかありつけないし、とても厳しくてつらいんです。そして、そんなクラゲが記憶が抜け落ちる若返りを何回も行っていくと、その最果てには涙なしでは語れない悲劇が待っているんです。

 その悲劇とは、ですって? 記憶から少しずつ、うれしかったこと、楽しかったこと、美しかったことといった数少ないポジティブなものが失われていき、つらかったこと、苦しかったこと、思い出したくもないことといったネガティブなものが嫌でも増えていくんです。最終的には、つらい瞬間の記憶だけしか残らなくなってしまうんです。

 そうなってしまったクラゲは、最終的に日がな一日、嫌な記憶ばかりを思い起こして過ごします。それは発狂してしまうほど苦しくてつらいんです。やがてそれにも耐えられなくなったクラゲは、自ら望んでえさとなり、食べられていく。それしかないんです。不老不死よりも、若返るよりも、死んでしまったほうがはるかにマシだ、それだけを言い残して。

 というわけで人間の皆さん、あなたがたの手で若返りを、不老不死を実現したいなら、ぜひそうしてください。ただし、その技術が本当に素晴らしいものなのかどうか、そして、あなたがた人間が知性や技術で他のどの生物よりも勝っているとおごり高ぶっていないかどうか、この二つをよくよく考えてからのほうがいいんじゃないかと思いますよ。


作品名:空墓所から 作家名:六色塔