空墓所から
今朝のニュースを見ながら、私は幼少期のこのエピソードを思い出していた。
朝食には全く手を付けずニュースを食い入るように見る私に、妻と娘が心配そうに声を掛けてきたが、私はそれになんでもないという旨の返事をして自室に戻る。そして自分のパソコンで再びニュースを確認し、思わず渋い顔をしてしまう。
画面には、初老の男が口論のもつれから、知人3人を刃物とバットを用いてそれぞれ惨殺し逮捕されたという文章とその犯人の顔写真が映っていた。
「…………」
私はじっと食い入るようにその犯人の顔を見つめる。
「やっぱりあのとき助けてくれたおじさん、だ」
残酷な事実に、思わず体を震わせてしまう。絶対に顔を忘れないと誓った、あの命の恩人の知りたくなかったその後を、顔を忘れなかったおかげで知ってしまうなんて。
しかし、人はここまで変われてしまうものなのだろうか。かつて、見ず知らずの少年の命を救うという偉大なことを成し遂げたのに、その数十年後、彼は反対に3人もの人の命を奪ってしまった。
それは、彼にとって私は生きるに値する人間で、あの3人は生きるに値しなかった人間ということなのだろうか。彼は、彼の中で命の選別をしたのだろうか。無論、彼は神ではないので私を生かしたことはともかく、3人を殺したことは罪に問われなければいけないのだけれど。
……どちらにしても、なんかもやもやする。
結局、かつての恩人が罪を犯してしまったという衝撃と、自分が殺人犯から選ばれた者なのではないかという、どう表していいか分からない感情、あの日以降、おじさんにどんな人生が待ち受けていたんだろうかという疑問。それらがぐちゃぐちゃに頭の中で混ざり合い、私は数日間、自室で黙考にふけることしかできなかった。