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空墓所から

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58.狐狗狸さんの思い出



 仕事から帰ったら、妻と娘が狐狗狸さんをしていた。

 娘は指で押さえている5円玉が紙の上を動くのが面白いらしく、すごいすごいと騒いでいる。一方、妻のほうはというと硬貨が指し示す文字を読んで、「しょうくんの好きな子はありさちゃんって言ってるねー」と、娘と同じ幼稚園の男の子の思い人を愛娘に説明していた。

 娘の騒ぎっぷりを見ていると、どうやら狐狗狸さんは初めてなんだろう。ということは教えたのは妻なのだろうか。彼女は私と同世代だから、小さい頃にこの遊びを経験している可能性も高いだろうし。

 私は台所で手早く卵とちくわの炒めものをこしらえ、缶チューハイを2本持って二人が見える少しばかり離れた位置に陣取った。そしてすかさずチューハイをプシッと開けて極上の一口目を飲み干し、炒めものをつまみながらしばらく彼女たちの様子を眺める。


 本当のことを言うと、狐狗狸さんにはあまりいい思い出がない。私の人生に登場した回数が少ないのにも関わらずだ。


 あれは確か、中学生の頃だった。

 その日、日直だった僕は、放課後、チョークを補充したり学級日誌を書いたりと教室内で仕事を行っていた。
 残っている生徒はごく少数だった。大半の生徒は部活動に励んでいたし、やる気のない生徒はさっさと帰ってしまう。残っているのは友人の部活が終わるのを待っている少数の生徒と日直の僕ぐらいだった。

 その少数の中に狐狗狸さんをたしなむ女子生徒がいた。彼女たちは硬貨とあの五十音などが書かれた紙を持ち歩き、時間を見つけては狐狗狸さんに質問するのを日課としていた。

 その日も彼女たちは机の上に紙を広げ、硬貨を押さえてその動きに一喜一憂していた。だが、彼女たちがそうしている最中、日直の作業のことしか考えていなかった僕は、戸締まりをしなきゃと思い教室の窓を全部閉めてしまったのだ。

「あ、窓……」

 僕が全ての窓を締めた瞬間、狐狗狸さんがいきなり動きを止めた。それを見て、彼女たちの一人が僕を見てこう言った。僕は狐狗狸さんのやり方を知らないが、どうやら窓を閉め切るのはまずいということだけは理解し、あわてて一つだけ窓を開け放つ。狐狗狸さんは再び動き出し、女子たちはそれを見て安心して、狐狗狸さんへの質問を再開した。

 その後、僕は異変が起きないかと心配していたのだが、特に何も起きなかった。やがて、部活を終えた生徒が戻ってくると、さっさと道具をしまって彼女たちはみんなで帰っていったのだった。

 このときに僕が感じたのは、狐狗狸さんというものへのある種の不信感、うさん臭さというものだった。

 僕は、狐狗狸さんを呼び出して質問に答えてもらうには厳格なルールが存在し、それを破ると大変なことになると思っていた。それこそ取りつかれて発狂してしまうとか、命を奪われてしまうとか。そんなふうに考えていたのだ。
 ところが、窓を閉めて内と外を遮断しても何もなかった。僕に窓のことを呼びかけた彼女はもちろん、その他の女子もピンピンしていたし、窓を閉めた当の僕にも何のおとがめもなかった。狐狗狸さんもその後、何ごともなかったかのように質問に答え、用が済んだら何の怒りも見せずに帰っていった。結局のところ、窓を閉めたことに対するペナルティはなかったのだ。
 それどころかたった今、始めて知ったのだが、どうやら窓は閉めていても構わないらしい。なぜって今、目の前で、妻と娘は窓を閉め切った状況でやっているのだから。

 正直な話、狐狗狸さん側も厳密にルールを定めるべきだと思う。そうしないと威厳は保てないし、緩いルールで安っぽくホイホイ来るのはよろしくないと思う。少なくとも一人の中学生男子でも矛盾が指摘できてしまうのは怪異としては名折れだと思うし、信ぴょう性も半減どころかそれ以上に大きく下がってしまうだろう。

 実はもう一つ、狐狗狸さんの苦い思い出がある。先ほどは、狐狗狸さんは怪しいと思った話だったが、今度は実害つきだ。

 時期は先ほどとそう変わらない頃だろう。クラスの狐狗狸さん信奉者の女子たちが、あろうことか僕の好きな女子は誰か、という質問を狐狗狸さんに投げかけたようなのだ。

 その際、狐だか狗だか狸だかわからんその霊のようなものは、同じクラスのある女子の名前を示したらしい(仮にAさんとしとこう)。これでも十分腹立たしい。だが、オカルトだけに666歩譲って許すとしよう。だが、狐狗狸さんをやっていた女子生徒はこの結果を受け、僕の元へとやって来て、こともあろうか

「おまえ、Aちゃん、好きなの?」

と、確認を取り出したのだ。

 あなた方は狐狗狸さんの信奉者だからこそ、いろいろ書かれた紙の上に硬貨を置いて、あんなことに興じているのだろう。ということは、僕が否定しても信じるわけがない。僕がYESと言うまで、照れ隠しだとか言い張って、結局Aさんを好きと言わせる魂胆に決まっている。でもそれは、いくらなんでも問題がありはしないか。

 今さらながら話すと、当時、僕は同じクラスのBさんと付き合っていたのだ。事情があって関係はすぐに終わってしまったので、この事実を知るものは少ないが。もちろんAさんのことも嫌いではなかったが、仲の良いクラスメイト以上の存在ではなかった。

 僕はこのとき、無表情で女子生徒の質問を無視してその場をやり過ごすことで、どうにかAさんとうわさになることを避けることができた。

 しかし、この話が当時の彼女であるBさんの耳に入っていたらどんなことになっていたか。ことと次第によったら円満なお別れなどできなかったかもしれない。そう思うといまだに許せない所業だ。

 その後、高校を出て大学で気の合う人と意気投合し、交際を経て、結ばれた。その女性が、すぐそこで狐狗狸さんをしている妻だ。中学以降、私の人生にはAさんもBさんも、狐狗狸さんの結果を私に確認してきた女子生徒も登場してはいない。

作品名:空墓所から 作家名:六色塔