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空墓所から

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78.Day



 知人に立野(たての)という男がいる。

 年齢は30歳手前で俺と変わらない。中肉中背で見た目も普通。結婚はしていないし、多分バツも付いていない。どこを切り取ってもこの年代の平均値付近にいそうな男。
 俺と立野は仕事で知り合った。取引先の担当がいきなり退職してバタバタしている状況の中、新任の立野が時間を割いてあいさつに来たのが最初のであいだった。
 俺と立野は初対面ですぐに打ち解ける。前担当の急な退職はこちらの耳にも届いていたし、ろくに引き継ぎすらできていないという事情も聞いていた。そんな状況で、まず顔を見せに来てくれた点に意気を感じたし、年が近い上に話が合った点も好もしかったから。
 それから瞬く間に数カ月が過ぎ、立野の取引先はこのバタバタを無事に乗り切って落ち着きを取り戻す。立野もその間、そつなく業務をこなしきった。それによって、うちの会社は再び信頼できる取引先とその担当を獲得することができたのだった。
 ほっと一息ついたそんな時分。立野からのお誘いがやってくる。
「今日はもう定時ですし、いけるならこの後いかがですか」
「いけるならって、お互いに飲むのはもう知ってるじゃないですか」
 俺たちは業務中の雑談でお互い酒をたしなむことを知っていた。お互い嫌いじゃないのなら、断る道理がないのも分かっている。言葉を交わしてにやりとした瞬間、定時のアナウンスが耳に届いてきた。

 さて、ここまでならビジネスマン同士がひょんなことから一緒に仕事をし、そこから個人的な親交が始まったというありがちな話なのだが、ここからちょっと雲行きが怪しくなってくる。

 といっても、別に立野の酒癖が悪かったわけじゃない。もちろん飲めばたがが緩むが、常人の範囲だろう。
 立野は男性が好きだった、ということもない。もちろんそういう人々に偏見はないが、その手の誘いは一切ない。それに、俺たちはきれいな女性と話をしながら飲む店にも行ったが、そのときも立野はまんざらでもなさそうだった。
 金をこちらが全部出す羽目になったということもない。まあ、『今日は俺が出すよ』という場面や、同じくらい立野が出してくれたことはあった。普通にきっちり割り勘をしたこともあったし、端数を多めに支払うこともあった。だが、どちらが多く出しているかなんてのはもうわからないし、普通に酒の付き合いをしていればこのくらいはままあることだろう。
 では、何があったのか。実は立野にはとある口癖があった。それがこの関係を壊してしまったのだ。
 最初は確か、飲みながら雑談をしていたときだった。そこから仕事に対する姿勢の話になり、少しばかり口論に発展する。そこで俺が反論したところ、立野は急所を突かれたらしく目を伏せて言った。
「今日は、日が悪いな」
 その言葉にムッとなり、思わず追撃の言葉を発しそうになる。だが、こちらも険悪な状態で飲みたくはなかった。仕方なくここを潮時に素早く話題を切り替えたので、このときは大ごとには至らなかった。
 だが、立野はこの頃から頻繁にこの言葉を使ってくるようになった。
 酒を飲んでいるといろいろなことがある。、ダーツやビリヤードで勝敗を競い合うとか、カラオケでどちらが高い点数を取れるかとか、それこそ先述したような女性がいるお店でしばしば行われるものだ。
 もちろん、これらは別に本気の勝負じゃない。本気ならば酔った状態でやらないし、勝敗次第で何かの譲渡をするような約束もしていない。お互いそれほど上手でもないし、戦績も勝ったり負けたりだ。もちろん酔っていても本気で取り組むが、その勝ったり負けたりが楽しいだけなのだ。
 俺はそんな気持ちでいる。だが、立野は本当に悔しいのか、負けたら嫌みの一つも言わないと気がすまないのか、敗北のたびに「日が悪い」とぼそっとつぶやくのだ。
 俺はその言葉が異様にムカつき始めた。勝敗を日のせいにするということは、すなわち今日は本来の実力を発揮できなかったと言いたいのだろう。それも頭に来たし、この「日が悪い」という言葉はどこか客観的な、他人ごとのような響きがある。勝負の当事者からすでに降りているような、そんな言い草が、形式的にでも勝者として喜んでいる俺を道化にさせているという点も怒りを増幅させた。
 すっかりはらわたが煮えくりかえっていた俺は、とある手段で立野に反撃しようと考えた。そして、平静を装って飲みに誘う。もちろん酒好きの立野はNOというはずがない。
 その日は行きつけのバーで飲むことにした。ここにはビリヤード台が置かれている。俺は程よく酔った頃を見計らってビリヤード勝負に誘う。立野もうなずいてキューを手に取った。
 その日はナインボールを5戦行った。成績は0勝5敗。すなわち、全て立野が勝利した。実は俺のほうでそれとなくミスをして、立野に勝ってもらったというのが正確なところだが、そんなことはどうでもいい。重要なのは立野の勝利が確定した瞬間。喜びをかみしめる立野に
「今日は、日が良かったんだな」
と言ってやったことだ。
 負けたときは「日が悪い」のだから、勝ったときは当然「日が良い」ということ。当たり前の理屈だ。だが、こう言われると自分の実力ではないような気がしてきてしまう。立野もそう感じたようで、この言葉を聞いた瞬間に顔をくもらせた。
 立野が勝つたびに俺は同じ言葉を浴びせかけた。都合5回。立野はそのたびにあからさまに不機嫌な顔をする。もしかしたら俺の言葉だけじゃなく、わざと勝たせられているということにも感づいたのかもしれない。

 その後、手短なあいさつでお開きとなった。あいつは口癖を逆手に取られた嫌悪感。こちらは下らぬ意趣返しをした嫌悪感。お互いに傷を抱えて。

 その日以来、俺と立野はスッパリと飲みに行くことをやめた。どちらからも誘うのをやめてしまったから。
 もちろん立野は用事があればうちの会社を訪問する。担当者の俺も立野と打ち合わせや調整をする。立野は交渉が不利になっても、あの言葉は絶対に言わない。もちろん俺も立野が話を有利に進めようが、あの言葉は発しない。
 もう良かったり悪かったりしたあの日々は、お互いおくびにも出さない。そんな良くも悪くもない平熱の日々を、俺たちは何ごともなかったかのように過ごしている。

 これからも長い付き合いになりそうだ。そんな予感だけは抱えながら。


作品名:空墓所から 作家名:六色塔