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空墓所から

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65.電柱刑



 目が覚めたあたしは、その場所が自分のベッドでないことに気がついた。

 寝起きに特有の視界がぼやける眼で見る限り、見晴らしがいいことだけはよくわかる。ここがどこなのかををはっきりさせるべく目をこすろうとするが、今度は手の自由が利かないことに気付く。どうやら、両の手を後ろで縛られているらしい。

 そんな状態でぐずぐずしていると、ようやく視界がはっきりしてきた。抜けるような青い空。立ち並ぶ家々。はるか遠くには工場の煙突が吐き出す煙。さらにその先にはこれまた青い海。明らかに屋外にいる。しかも、高いところ。

 これに驚いたあたしは、いよいよ本格的にこの場所の把握に努めなくちゃと思い目線を下に向けた。はるか10メートルほど下に舗装された灰色の道路が見える。そこから一本、ニョキッと伸びたこれまた灰色の柱が自分に向かってすーっと伸びていて、その柱にしっかりとあたしの足首がロープで縛られているのが見える。

 どうやらここは電柱の上の方で、あたしはそこに手足を括りつけられているらしい。

 ようやく自分の置かれている状況を把握したあたしは、すぐさま脳内に一人の女子の顔を思い浮かべる。

 咲絵━━あたしのクラスメイトの女子。こんなことをしでかすのは、あいつしかいない。なぜなら、かつてあたしはあいつに同じようなことをした記憶があったからだ。


 あれは数カ月ほど前の話。

 その頃、咲絵はクラスで1番の人気者だった直弥ととても仲が良かった。もともと家が近所で幼なじみだった二人は、幼少期から育んできた関係を同じクラスになったことを期に、さらに急速に進展させていた。登校も下校も二人きり。休日も二人でデートに出掛け、試験前はどちらかの家で勉強会。傍目から見ても明らかに仲のいい二人が、その先のステップである交際へと発展するのは時間の問題だった。

 でも、クラスで1番の人気者である直弥を独占することを快く思わないものも当然いる。それが、このあたしだった。

 嫉妬に狂っていたあたしは、数人の同調者とともにデートの待ち合わせ場所に向かう咲絵に襲いかかった。あたしたちは彼女の口をガムテープでふさぎ、手足を縛って拘束して、手早く近くの電柱に括りつける。

「これ以上、直弥に近づかないで」

 あたしはそう言い捨てて、その場を立ち去った。彼女は数時間後に助けられたらしいが、あたしらの目論見通り、その日のデートはお流れになったようだった。

 その日以降、咲絵は学校を休み続けている。直弥は来ているが、咲絵のいない学校など面白くはないという顔つきで、ほとんど誰とも話さずに過ごすようになっていた。

 そのような日々を過ごす中で、あたしは次第にこんなことになるならやるんじゃなかったという後悔と、もしかしたら咲絵に報復を受けるんじゃないかという恐れを抱くようになっていた。

 あたしは、あくまで二人の交際を止めたかっただけで、咲絵が不登校になるなんて考えもしていなかった。直弥のほうだって、彼から笑顔を奪いたかったわけじゃない。あのすてきな笑顔をもう少しだけ、あたしらにも向けてほしかった。それだけなのに。

 そんなふうに思っていた矢先、今、あたしは咲絵から手ひどい仕返しを受けている。

 手足の縄を無理に解こうとすれば、約10メートル下の道路に真っ逆さま。生死は分からないけど、無傷でいられないことは確実。助けを呼ぼうにも、あたしの口にはあのときの咲絵と同じように、しっかりとガムテープが貼り付けられている。しかも、咲絵のときは括りつけた場所が地に足がつくくらい低かったが、あたしの場合は電線がすぐ上を通るくらいの上空だ。カラスやハトならすぐにあたしを見つけるだろうけど、人は偶然上を見上げない限り、あたしのことなんか目に入らないだろう。

 そんなことを考えていたら、自然と涙があふれてきた。電柱に拘束されたまま救助がやってこない情けなさと、咲絵と直弥に申し訳ないと思う気持ち。ガムテープのおかげで嗚咽すらもできない中で、ただただ涙が頬を伝い続ける。


 そうしていると、やがて真下に工事車両のような車が止まり、ヘルメットを被った数人の作業員が現れた。やっと助けが来たと思ったその瞬間。あたしが括りつけられた電柱はゆっくりと傾き出し、やがて道路に寝かせられる。作業員たちはあたしのことなど意に介さず、この地域は無事に電柱をなくす処理が完了したということと、この電柱は産業廃棄物にするという旨の会話をして、縛られたあたしごと電柱を車に積んだ。

 車は廃棄場へと向かっていくのだろう。どうやらあたしはそこで電柱もろとも破砕機に粉々にされて人生の幕を閉じるのだろう。そう思って怖くなった。怖さのあまり涙があふれて止まらなかったが、それも罪を償う道なのだと思い、ガムテープで声を出せない口内で咲絵と直弥への謝罪の言葉をつぶやき続ける。

 あとは、咲絵と直弥の仲がまた戻ってくれることと、共犯者たちがせめて無事であることを願うばかりだ。


作品名:空墓所から 作家名:六色塔