空墓所から
76.杉浦くんは直立す
「杉浦! 教科書を忘れたなら、廊下に立っていろ!」
それは6年生の秋だった。教室に先生の怒声が響く。杉浦くんは怒りに満ちた表情で何か言い返そうとしたが、思いとどまってすたすたと教室を出ていった。
このとき、実を言うと僕は少しだけ先生と杉浦くんのやり取りに違和感を抱いていた。しかし、それを口に出すことはできなかった。それぐらいこのときの先生が怖かったからだ。
不機嫌な顔つきのまま先生は授業を始める。教室の後ろ側のドアごしに、こちらも不機嫌な表情で立っている杉浦くんの横顔が見える。
僕は授業を聞いているふりをしながら、先生と杉浦くんのやり取りのどこがおかしかったのかを考え込んでいた。
そう。杉浦くんは「国語の教科書がありません」と言った。逆に言えば、「国語の教科書を忘れた」とは決して言っていないのだ。それを先生は忘れたと解釈し、杉浦くんに廊下に立つよう指示をした。これは、いささか先生が早合点をしたのではないだろうか。
僕は前方の先生と後方の杉浦くんを交互にそっと盗み見る。どちらも不機嫌な表情のままだ。それを見て僕の心は不安でいっぱいになる。それというのも、杉浦くんは、クラスどころか学年、いや、この学校、いやいや、この村の子どもたちの中でも一、二を争うほどの頑固者なのだ。
杉浦くんはとにかくかたくなだ。彼がへそを曲げてしまったらもうこちらが折れるしかない。もちろん道理は心得ているので、友人としてつきあう際はそれほど問題ない。けれど、ひとたび納得がいかないとなれば、絶対に自分を曲げない。そういう人を今、先生は怒らせてしまった。僕が不安に思ったのは、そういった事情を知っているからなんだ。
やきもきした状況の中でチャイムが鳴り、授業が終わりを告げる。先生は不機嫌なまま教室を出て職員室へと向かう。廊下で杉浦くんに一度だけ目をやったみたいだけど、何も言わず足音だけを響かせて行ってしまった。
その日の放課後。遊んでいた児童たちが、校庭の片隅で不自然な穴を見つけた。先生に報告をしに行く子がいる中で、積極的な子がその穴にいろいろとちょっかいをかける。
すると突然、その穴からふさふさの何かがものすごい勢いで飛び出していく。同時になにか本のようなものがばさばさと音を立てて穴のそばにこぼれ落ちた。
校庭を逃げまどうふさふさの正体はムジナだった。この生き物は間の悪いことにこんなところに巣穴を掘ってしまったのだ。秋冬の寒さはしのげても、小学生のやかましさからは逃れられない校庭の片隅に。
逃げまどうムジナはやがて捕獲された。そちらの騒動が終わった後、ようやく児童と先生は、穴からこぼれ出たものに意識を向けた。
それは、杉浦くんの名前が書かれた国語の教科書だった。
放課後のこの事件によって、杉浦くんがこの日、教科書をちゃんと持ってきていたことが白日のもとにさらされた。当然、廊下に立たせた先生の分は相当に悪くなる。翌日、登校した僕らは昨夕のニュースを論じあい、当然の帰結のように昨日の先生の行動を非難した。
やがて、朝の会が始まる。先生は昨日の騒動も杉浦くんのこともおくびに出さずに話を終え、再び職員室に戻っていく。僕らも先生のどこか威圧的な雰囲気に気圧されて、質問という形で話題を先生に振ることはできなかった。
さて、事件の中心人物である杉浦くんはこのときどうしていたか。先述したように非常な頑固者の彼は、昨日からの一晩を廊下で立って過ごし、朝の会のときも廊下に立っていたのである。
先生への抗議や当てつけの意味なのか、単純に先生が立つのを止めるように指示していないからなのか、動機は杉浦くんのみぞ知るといったところだが、とにかく彼はその日の朝も廊下に立っていた。当然、先生も教室に入る際、彼が目に入ったはず。それが、先生の心理にどういう影響を与えたかはわからない。申し訳ないと思ったか、ここで折れてはいけないと思ったか。教師も一人の人間だ。自分よりもはるかに年下の教え子にこんなことをされたら、ついつい感情的になることもあるだろう。
結局、廊下に立ち続ける杉浦くんとそれを無視する先生、という構図は僕らの卒業まで、約半年の間続いた。もちろん裏では先生が彼に陳謝をした可能性もあるが、少なくとも卒業まで杉浦くんはこの一件で譲歩をすることはなかった。
その後、僕らは中学へと上がる。僕は杉浦くんとは違う学区の中学に進んだため、自然とこの話も忘れていった。きっと、なんらかの形で決着がついたのだろう、そう思い込み、この事件自体を脳の片隅に眠らせてしまった。
それから十数年の月日が流れ、僕は教師の立場として母校に赴任することになった。懐かしい校舎、懐かしい校庭、さすがに当時の教師は誰もいなかったが、そこには確実のかつての面影が残っていた。
そんな校舎の一角。あの6年3組の前の廊下。そこに杉浦くんは立っていた。
「よう、今井。おまえ、教師になったのか」
僕と同い年の杉浦くんが、快活に声をかけてくる。
話を聞くと、卒業後も頑固にここで立ち続ける杉浦くんに、先生もさすがに正式に謝罪をしたらしい。でも、教え子の将来を心配してとか、君のためを思ってとか、そういう理屈をこね回してきたのが彼には気に入らなかったらしく、それを頑としてはねのけたそうだ。反対に、「謝罪をすることで先生が楽になりたいだけですよね」と言い返したときは、先生も絶句していたらしい。
数年後、その先生も転任してしまい拳の振り下ろしどころがなくなった杉浦くんは、少しばかり柔和になって子どもたちとコミュニケーションを取り始めたそうだ。遊び相手になったり、この学校の知識を教えたり、ときには彼のその一徹さで上級生や教師から児童を守ったこともあったと聞いた。
その後、僕も杉浦くんが立ち続ける母校を転任によって去り、いくつもの学校を転々として、定年を迎え教師生活を終えた。余生を故郷で過ごすために引っ越してきた際、再び杉浦くんの消息を耳にした。
どうやら杉浦くんは、暑い夏も寒い冬も廊下で立ちっぱなしの生活がたたったのか、50半ばで世を去ったそうだ。朝、日直の児童が倒れている彼を発見したときはもう手遅れだったらしい。
しかし、彼の亡き後も学校では「スギウラさん」という幽霊が現れるといううわさが後を絶たないそうだ。でも、「スギウラさん」はいわゆる学校の七不思議などにありがちな子どもに恐怖を与える存在ではなく、初めて特別教室に向かう児童に道を教えたり、いじめや暴力を止めたりといった、優しさと正義感を持つ存在だとうわさされているらしい。
現在ではもう児童を廊下には立たせることはしなくなった。恐らく、「スギウラさん」となった杉浦くんがいちばん最後まで小学校の廊下に立たされていた人物、と言って差し支えないだろう。
老境に入ってあとはこの世を去るだけの僕も、彼が廊下に立たされたあの瞬間は手に取るように思い出せる。こうなってしまったらある意味、歴史的な瞬間だったと言ってもいい。なかなか上等な冥土の土産だなと思いつつ、自分の命数と先にいった旧友に思いをはせた。



