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空墓所から

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 ウエェッ。体調が悪い。

 理由は自分でもよくわかっている。行きつけの居酒屋でしこたま飲んだから。だが、飲みすぎたのは俺のせいじゃない。飲まざるを得ない状況にした社会が悪い。そうに決まっている。
 だるさと吐き気と回らない頭をひっさげて家路を急ぐ。この終電は逃せない。タクシーなんて乗ろうもんなら小遣いが吹っ飛ぶし、午前様なんてやらかした日にゃあ、かかあが鬼の形相だ。

 どうにかホームには着いた。あとはこっち側に来る電車に乗ればいい。駅から家はそんなにかからないし、帰巣本能とやらがどうにかしてくれるだろう。
 しかし気持ちが悪い。今日のはあんまりいい酒じゃなかったな。おやじの野郎、銘柄、ごまかしたんじゃねえだろうな。ウェッ。
 ああ、しんど。でもトイレまで行ってる時間はねえ。ちょっと線路に戻しちゃおうかな。申し訳ねえけど、非常時だから駅員さんも勘弁してくれるでしょう。

 そう思った俺は、ホームから頭を突き出し、線路にとしゃ物をぶちまけようとした。

 その瞬間、ものすごい勢いでやってきた通過電車に頭をはねられる。四つんばいになった胴体がそこに残される中、俺の首は弾みをつけて吹っ飛び、近くで同じく終電を待っていたOLのスカートを紅く染めた……。



 ……いつの間にか俺は、電車事故で死にゆくもの、そういったものだけに乗り移るようになっていた。
 そいつが死ぬ数分前ぐらいから俺はそいつと意識を共有し、死んだ瞬間に次の死ぬ数分前の誰かに乗り移る。そうすることで、無残な電車による死をいつまでもいつまでも体験し続けている。

 なんでこんなことになったのかはわからない。誰かの呪いかもしれないし、何らかの罰なのかもしれないし、苦行の一種なのかもしれない。でも、もしかしたらここが天国っていう可能性すらも否定できない。

 こうやって多数の死にゆく者たちに乗り移ってわかったことがある。彼らは、どこか社会によるひずみを抱えている。間違いなくそうなのだ。
 轢断されるもの、衝突によるもの、脱線によるもの……。自ら轢かれるもの、誰かに殺されるもの、事故によるもの……。駅、踏切、何の変哲もない線路……。
 原因も理由も場所も多種多様だが、彼らの記憶を手繰り寄せてよくよくかみ砕いてみると、もうすでにこの社会には限界が来ているんじゃないかという疑問がわき上がってくる。狂っているのは人なのか、社会なのか、少なくとも俺はもうわからない。

 こんな社会で生きていくこと、俺のように数分おきに電車に轢かれる痛みを味わい続けていくこと。はたしてどちらがマシなんだろうかと考えることがある。でも、俺なら迷わずに今の立場を取ると思う。もう慣れちまったからというのもあるけれど。



 さあ、次の轢死の時間だ。今度は借金を苦にして、か……。


作品名:空墓所から 作家名:六色塔