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空墓所から

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70.バンシー



 先日、上司が急病で亡くなった。

 これだけでももちろん大変なできごとだ。だが、彼の死によって組織がゴタゴタしている間に、プライベートのほうでも俺の知人が二人、亡くなったという報を耳にする。

 三者の死因はバラバラだ。それに、上司は40代、知人は二人とも30代前半と後半で、年齢に共通点はない。だが、3人ともまだまだこれからという世代だし、上司は仕事で、後者二人はプライベートで非常にお世話になっていたため、ショックと悲しみは計り知れない。とはいえ、働き盛りの急逝がよく話題になることも確かだ。俺は、運悪く不幸が重なっただけだと自分に無理やり言い聞かせながら、彼らとの最期の別れの式に臨んだ。

 数日おきに執り行われた3人の葬儀にいずれも参列し、都合3回、家の前で自身に塩をふりかけて家に入る。居間でお茶を飲んで一息ついたあと、上司の葬儀の場で偶然耳にした、故人の略歴紹介の言葉を思い出した。

「故人さまのご趣味はVTuberである〇△ □さんの配信をご鑑賞なさることでした。ときには高額のギフティングをお渡しするほど、熱心なファンでいらっしゃったそうです」

 独身だったとはいえ、親族も来ているであろう40代男性の葬儀にこのような逸話をさらすのはどうだろうかと眉をひそめたのをよく覚えている。まあ、特に大きなトラブルになっていなかったところを見ると、ご家族もわかっていたのではないかと思うが。

 一方で、知人の二人のほうの葬儀ではそのような紹介はなかったように思う。だが、紹介はなくとも俺はこの二人も上司が好きだった〇△ □というVTuberのファンであることをすでに知っていた。もともと同じアニメが好きで意気投合して俺たちは仲良くやっていたのだが、彼ら二人がVTuberという新たな世界へと船出をしていったのに対し、俺はいつまでもそのアニメ、というよりアニメ自体に固執していた。そのため、最近は3人で会っても、彼らの俺に対する気遣いが目に見えてわかるようになっていた。俺も二人のために、うまいこと関係をフェードアウトさせようかなと思っていた矢先に起きた不幸なできごとだったのだ。

 話をまとめると、亡くなった3人はいずれも同じVTuberを推していて、多分3人とも高額のギフティングを行っていた、ということになる。だが、それは別に珍しいことじゃない。肯定派も否定派も中立派も無関心派もいるだろうが、今のところ彼ら、彼女らはネット上で受け入れられてきているように思う。それに、ファン層も30代から40代が中心だと聞いている。確かにこれくらいの金銭的に余裕が持てる年代にならないと、あんな金額は何度も飛び交わないだろう。世代的にも興味を持っていて不思議じゃない3人の故人が、そういった存在に血道を上げていたとしても、身さえ持ち崩さなければ別になんとも思わない。

 だが、このときの俺はなぜか妙にこの事実に興味をそそられた。VTuberが画面の向こうから視聴者の命を奪うなんてことはあるわけがない。たまに、バンパイアだサキュバスだといったキャラを付けて活動している方もおられるようだが、視聴者の命を奪って数を減らしていたら収益だっておぼつかないだろう。恐らく、この〇△ □というVTuberは何もしていないはず。
 だが、故人3人が推していたという奇妙な偶然。生前、知人二人に何度も勧められながらも重い腰を上げなかった自分への戒め。世話になった上司がそれほど推していたのに全く気づかなかった浅はかな自分。これらが後押しして、気付くと彼女の配信をタップしていた。

 画面には華やかな格好をした美しい少女のバストアップが映し出される。その背後にはコメント欄を反映していると思われる掲示板のようなものが貼り出され、すごい勢いで文字列が現れては消えていく。どうやらこの日の配信は企画のようなものではなく、雑談がメインの配信のようだ。
 〇△ □という名の彼女はコメントに一喜一憂しながら話を展開させていく。話の巧拙は俺にはわからないが、コメントではおおむね好意的な感想が寄せられているようだ。
 そのまま20分ほどやり取りを見ていたが、特筆するようなことは何も起こらない。それもそのはず。彼女のファンが偶然3人亡くなった、それだけなのだから。

 気の迷いで変なことをしてしまったな。組織のゴタゴタや葬儀の連続で疲れているんだろう。そう思って彼女のチャンネルを立ち去ろうとした瞬間、ふとあることに気がついた。

 ×月+日、×月−日、×月÷日。3人が亡くなった当日にいずれも彼女は配信を行っていた。

 俺はそれらの日に行われた配信のアーカイブを全て、1本が2時間前後だったので計6時間くらい、を一気に視聴する。結果、今日の配信とその3本の配信の相違点を見つけ出した。

 今日の配信は雑談がメインということで比較的穏やかだったが、アーカイブで見た3本の配信はゲーム配信だった。しかもホラーゲーム。当然、彼女はおびえながらゲームを進め、恐ろしい場面で騒ぎ、喚き、泣いていた。3本のアーカイブにはそんな光景が、これでもかというほど詰め込まれており、とある視聴者から、彼女は泣き声や悲鳴に定評のあるVTuberだという旨のコメントが寄せられていた。

 恐怖におののく女子にハートをくすぐられる視聴者には誠に申し訳ないが、そんな彼女を見て、俺はまったく別のことを考えていた。具体的には何かの本で読んだ、西洋で言い伝えられているバンシーという妖精のことを。

 その妖精は亡くなる人が出る家の付近に現れ、その死を悲しんで泣くと言われている。ただ彼女が死、それ自体を招き寄せるわけではなく、来たる死を嘆くことで知らせるだけなので、そこまで凶悪な存在ではないらしい。その正体は鳥ではないかとか、お産で亡くなった女性の幽霊ではないかとか、まことしやかにささやかれているが、もちろん本当のことはわからない。

 でも、なぜだろう。このVTuber、実はバンシーなんじゃないだろうか。俺にはそう思えてならなかった。

 いや、さすがに1人のVTuberを捕まえて、架空の存在であるバンシーに仮託するのはいくらなんでも無理筋なのはわかっている。でも、彼女がちょうど泣き喚いていた日に熱狂的なファンが3人とも鬼籍に入っているというのも紛れもない事実なのだ。

 こうなったら、とことんまでこの娘につきあってやろう。俺はそう考え、彼女のチャンネルを登録する。そして、過去の動画やアーカイブを活動最初期から視聴していく。

 次に彼女が号泣したその日、この俺が死ぬのかもしれない。だが、それで疑惑が晴れるのなら構うもんか。俺はアーカイブを片っぱしから視聴していきながら、そんな悲壮な決意を固めていた。


作品名:空墓所から 作家名:六色塔