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空墓所から

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72.とある神話とその信仰の崩壊



 小さい頃、空を見上げながら考えていたことがある。なぜ空というのは青いんだろうか、と。

 多分、普通の子どもだったら素直にその疑問をお母さんやお父さん、保育士さんといった周囲の大人にぶつけてみて、何らかの回答を得たんだろう。その回答がどういうものかはまた別の話だけれども。

 でも、その時の僕はそうはしなかった。自分の頭で、自分の力で「なぜ空は青いのか」という命題に立ち向かっていた。こう書くとなんか格好良く見えてしまうが、要は真実が知りたかったのではなく、「なぜ空は青いのか」というお題で大喜利みたいなものがしたかったのだろう。当時は大喜利という言葉も意味も知らなかったが、自分の中でしっくり来る答えを見つけ出して楽しみたかっただけだったように思う。

 そして、その頃の僕が乏しい知識の中でどうにかこうにか組み上げた答えは、以下のようなものだった。

 はるか上空にそびえていて、僕たち人類、いや、全ての生物を見守ってくれている「空さん」は、本当は青だけでなくさまざまな色で空を塗りたくって、僕らに楽しんでもらいたい、そう思っているんじゃないだろうか。黄色い空、赤い空、白い空、黒い空……。「さあ、今日の空はどんな色かな」と、朝、布団から出た僕らがカーテンを開けるのを楽しみにしたくなるくらい、毎日のように色とりどりの世界を提供したいと思っているに違いない。
 でも、そんなカラフルな空を実現するにはさまざまな問題がつきまとう。例えば、空は自分一人だけの舞台ではない。お日さまもさんさんと照っているし、白くてモクモクした雲さんもいる。ときにはザアザア降りの雨さんにも出番を作る必要がある。自分の他にも空を彩っている彼らが、埋没してしまうという事態は避けなければならない。同じ空に存在している仕事仲間の出番もちゃんと用意しておく必要があるのだ。
 加えて、「空さん」は資源の不足にも悩んでいる。青い素材は比較的簡単に集められるけど、他の色は貴重でなかなか手に入らないのだ。「空さん」はそれでも少しずつ、できる範囲で他の貴重な色を集めているが、上空一面をその色で覆うには大量の素材が必要な上に、それらを入手するのには途方もない時間がかかってしまう。
 それに、比較的簡単、とはいえども青い素材を集めるだって時間がかかる。1日の半分は留守にして素材の収集に奔走しなければならない。その留守の時間がすなわち夜、というわけだ。

 当時の僕は青空を見上げながらぼんやりこんな神話のような世界観を頭の中で構築した。そして、次のようないささか奇妙な結論を出した。

「『空さん』は青空ではなく、違う色の空を僕らに見せたがっているんだ
。きっと、僕ら生物に一番見せたい色は『緑色』に違いない」

 なぜ、緑というあまり空に似つかわしくない色を選んだのか。それは僕が当時この緑という色をこよなく愛していたからだ。戦隊ごっこでは必ずグリーンを選び、クレヨンもまっ先に緑色が減っていくような園児だった。だから、上空の「空さん」も緑色が好きに違いない、安易にそう考えたのだ。

 要するに、自分の妄想癖と緑への執着が高じた結果なのだが、こうして幼少期の僕は「空さん」の願望をかなえるべく、空は必ず緑色で描くようになっていたのだった。

 園児の頃はそれほど問題にはなっていなかったように思う。クレヨンで絵を描く際、思い切り空を緑色に塗っても、保育士さんの大半は苦笑いをするだけだったし、せいぜい遠回しに「変わったな空の色だね」というコメントをもらうくらいで済んでいた。

 でも、小学生に上がれば絵に写実性が要求される。奇妙な色の空を描いていれば、先生もいろいろ言ってくるし、クラスメイトも口さがない。緑色の空は次第に包囲網を敷かれ、どんどんと窮屈になっていく。

 結局、いつだったか定かではないが、同じクラスの仲が良かった女子に「変な色」とにべもなく言われたことに大ダメージを受け、空を緑色に塗るのをやめたと記憶している。それからもう空は青色でしかなくなり、擬人化された「空さん」も消え去り、神話から崇拝者が消え去った。

 大人になった今でも、無知な僕は空が青い理由をあんまりよくわかっていない。レイリー散乱がどうとか、光の波長がどうとか、そういう単語は聞いているし、ごくごくまれに空が緑色になることもあると知り、そんな画像をネットで見かけはしたけども。でも、それは「空さん」がやったことじゃない。僕の神話からはすっかりかけ離れている「現実」だ。

 世の中には地球が平面だと信じている人もいるわけで、1人ぐらい「緑色の空」を信奉する人間がいても面白かった気がする。でも、そもそもそれは、自分の妄想と緑色好きから出発したわけだから、最初からエセだった上に、「青色の空」派の人々と議論を戦わせることなどは一切なかった。そう考えると、こういう終幕は当然だったのかもしれない。


作品名:空墓所から 作家名:六色塔