空墓所から
77.その実況者はどのようにして流れ弾を食らったか
「うぇーっ」
スーパーで物品の購入を済ませ、サッカー台で商品をエコバッグに詰めている最中、大きな声が響き渡った。
なんだと思い声のするほうを見ると、惣菜コーナーの前に母子と思われる二人が立っている。どうやら声の主はその息子のようだった。
その子は何か商品を指差しながら言葉にならない言葉を母にぶつけている。お母さんは若干低めの怒気を含んだ声で、そんな息子に言葉を浴びせかけた。
「今日は買わないって言ったでしょ!」
それを聞いた息子は火がついたように再び奇声を上げ、泣き顔でその場をぴょんぴょんと飛び跳ねはじめた。
あまりスーパーに入り浸っているわけではないから、最近のことは良くわからないが、私が子どもの頃はこういう光景をよく見たし、自分もこうしていたなあと思わず感慨にふけってしまう。スーパーのお菓子売り場などでは母親と子どものこんな闘争がよく行われていた。あの頃は簡易なプラモデルに、これは食品ですとアリバイのようにガムが入っている商品がスーパーに置かれていた。ガムとキット、どっちが本体かわからないようなあの商品。小さい頃の私はあれが本当にほしくてほしくてたまらなかった。
そんな当時のことを思い出して、思わずほほ笑みながらその母子を眺めてしまう。
子どもはまた駄々っ子のように飛び跳ね、奇声を上げて母に購入してほしい旨を示している。それも無理はない。ほしいものはほしいし、食べたいものは食べたいのだ。君がほっしている惣菜がなんなのかはここからではわからないが、買ってほしいものは買ってほしいんだよな。人間、一日3食食べて80ちょっとまで生きたとしても、10万回程度しか食事はできない。10万回しかできない中の貴重な一食。そう考えれば、食べるものにこだわる気持ちはとてもわかる。
見ているうちに子どもは床に仰向けに寝転がり、手足をばたばたとさせはじめる。いやいやのポーズというやつだ。
おお、やっぱり今の子もこれをやるんだなあ。遺伝子っていうのはちゃんと後の世代に受け継がれていってるんだ。このポーズは確かに買ってほしい、自分の意見を通してほしいという思いがよくあふれ出ている。それだけじゃない。自身が床に寝っ転がることによって、周囲の人々にみっともないと親に思わせることもできる。衛生的に問題のある行動でもあるから、必然的に親に病気などの心配をさせたり、洗濯の手間を想起させたりといった方面での攻撃にもなる。そう考えると、子どものいやいやはなかなかに効果的な戦略であり、連綿と受け継がれているのもうなづける話なのではないだろうか。
しかし、お母さんだってだてに母をやっているわけじゃない。周囲に申し訳無さそうな表情をしつつ息子に起きて泣き止むように促す。だが、息子が希望する物品をかごに入れる様子は見せない。その姿は、あくまでこの防衛ラインは何があっても死守するぞ、そんな気概で立ち向かう指揮官のようだ。
私は親ではないが、お母さんの気持ちもよくわかる。恐らくは自分のお腹を痛めて生んだ子どもだろう。そんな子どもが火のつくような声で泣き叫び、床の上で暴れている。見ていて一番つらいのはあなたのはずだ。ここで惣菜をかごに入れてしまうのはたやすいこと。でも、そのような安易な譲歩を許してしまえば、次も、その次も買ってもらえるものだと思い、わがままを通そうとしてくるだろう。それではいけないのだ。世の中は自分の思い通りに行かないことだってある。ときにがまんをし、他人の意見を受け入れ、譲ることも覚えなければ立派なおとなにはなれない。心の中では苦しくとも、これから困らないよう母は愛する息子のために敵役となって立ちふさがらなければならないのだ。
母側の事情はそれだけではない。経済的な問題もある。最近は物価も上がったし、先行きも不安な情勢だ。まだ小さい子どもが成人するまでには長い年月がかかる。子育て支援や学費を無償にするという政策も打ち出されてはいるが、既得権益にまみれた政治はいろいろな理由をつけてわれわれにさらなる負担も強いてくる。彼らに対して私たちができるのは小さな一票を投じることだけ。もちろん小さくともばかにはできない一票だが、子どもを育てるという重い責任を負う者にとっては、心細いものかもしれない。
また、物品が惣菜だということから別の懸念も考えられる。スーパーの惣菜はとかく高カロリーなものが多いし、おひたしのようなさっぱり系をねだる子どもはあまりいないだろう。そうなると、彼が望んでいるものもカロリーが高いものかもしれない。だが、小さい頃からそのようなものを大量に食べる癖がついてしまうと、肥満という大きな問題がのしかかってくるだろう。最近はルッキズムなんて言葉もあって肥満も容認されつつあるそうだが、生活習慣病にルッキズムを指摘してもやはり肥満の人がターゲットになりがちなのは変わらない。
さらには、親としてのプライドもあるのではないだろうか。おふくろの味なんて言葉に代表されるように、親の手作りではだめなのかという矜持が。確かに実家の料理のおいしさ、ありがたさは実家を出てからようやく気付くものだが、あのようにあからさまに出来合いの惣菜をねだられてしまったら、普段、台所に立つ者の心の中に不快な感情が芽生えてもおかしくはない。
さて、この勝負、どちらの側に転ぶだろうか。それぞれの言い分を洗い出し、両方の立場を慮って心の中で実況をする私。そこに、ふいに言葉が突き刺さった。
「ほら、あそこのおじさんも変な目で見てるでしょ、行くよ」
「……はーい」
母親のその言葉で息子はすぐさま泣き止み、立ち上がって二人は手をつないで行ってしまった。
そっか。「おじさん」かあ。多分お母さん、あなたとそんなに変わらない年だと思うんだけど……。
安全圏での実況を楽しんでいたら、思わぬ形での流れ弾。そういえばプロレスの実況者もよくパイプ椅子で殴られたりするなと思っていたら、購入したアイスが溶けはじめているのに気付く。
あわてて商品をバッグに詰め、もやもやした気分を抱えて私はスーパーを後にしたのだった。



