小説が読める!投稿できる!小説家(novelist)の小説投稿コミュニティ!

二次創作小説 https://2.novelist.jp/ | 官能小説 https://r18.novelist.jp/
オンライン小説投稿サイト「novelist.jp(ノベリスト・ジェイピー)」

空墓所から

INDEX|1ページ/108ページ|

次のページ
 

79.授業料



 寒い冬の朝、早く起きた私は近所の公園に散歩に出かけることにした。

 まばらな人通りをコートの前をかき合わせて震えながら歩き、途中のコンビニエンスストアで簡単な朝食を買い求め、ようやく目的地にたどり着く。
 白い息をはきながら霜の降りたベンチをハンカチで払い、そこに購入物を置いて周囲を見回す。誰もいない凍てついた公園は、それでも気丈に本日初の来園者である私をいつもと変わらない遊具で出迎えてくれた。
 家を出た頃よりは陽が昇っているが、それでも寒さの衰える気配はない。その中で私はベンチに腰掛け、早速ビニール袋から紙パックのコーヒーとサンドイッチを取り出した。
 かじかんでおぼつかない手でそれらの封を開く。コーヒーにストローを入れて吸い込み、サンドイッチを摘み取って頬張る。寒いのは相変わらずだが、外で景色を見ながら食べるというのも悪くない。季節柄、弱々しい陽光も今なら好もしく思えるほどだ。
 私がやってきてから20分以上が経過したが、公園に新たな人影はやってくる様子はなかった。それどころか、この公園に面した通りにも人は誰も歩いていない。確かに駅に向かう大通りなどではないが、近くにはバス停だって存在しているのに。
 他人に煩わされることがないという嬉しさが半分、どことなく忍びよってくる寂しさが半分といった心持ちで、朝食をとりながらふと目を上げると、公園の隅に新たな客人が訪れていることに気がついた。
 その生き物はへっへっへっと舌を出しながらのそのそとブランコの周りをうろつき、くんくんと地面の匂いをしきりにかいで何やら情報を読み取っている。
 犬。公園に隣接している原っぱにでも潜んでいたのだろうか。白い毛並みの大きな犬がいつの間にか、2番目の来園者としてやってきていた。
 大地の匂いを熱心にかぎ回っているその生き物を、私はサンドイッチをかじりながら見つめる。首輪はなく、白い毛並みもボサボサで汚れが見える。おそらく野良犬。もしくはここは山の麓に位置する街なので、そこに住む野犬が人里まで降りてきてしまった可能性もある。

(いずれにしても今の時代、野良の生活は厳しいだろうに)

思わず心の中でつぶやいてしまう。一度、人の目に入れば然るべき場所に連絡が行って保護される。そして飼い主が現れなければ殺処分。仮に山などで人目につかない生活を送れても、十分な食べ物にありつけず、もっと大きくて凶暴な生物の目をかいくぐらなければならない。生き長らえるだけでも至難の業だ。
 恐らく、犬の人生の最適解は人間に飼われてぬくぬくと一生を終えることなんだろう。人に保護されて、人とともに暮らし、人と寄り添い合い、いつか天寿を全うする。そんなコンパニオンアニマルとして生きるのが犬にとって一番いい人生だ。
 心の中で私がそう思った、まさにその瞬間だった。

「ガウッ!」

さっきまで大人しくブランコ周りの地面をくんくんかいでいた犬が、首を上げてこちらに目をやったかと思うと、これ以上ない大きさで一声、いかくするようにほえたのだ。

「…………」

その行動と声の大きさにあぜんとして、私はサンドイッチを持つ手も、そしゃくする口も、頭の回転すらも止まってしまっていた。
 かの白犬はその一声だけで再び黙り込み、今度はシーソー付近にのそのそ移動して土の匂いを嗅ぐ作業を再開した。
 私は落ち着くため、食べかけのサンドイッチを包みに戻し、コーヒーを少しばかり口に含む。寒さとはまた異質の冷たさが口内に広がり、ほろ苦さとほのかな甘さが再び私の意識を取り戻させてくれる。
 私は戻った意識でちょっと考えて、再び野良犬に目をやった。しかし、そのまなざしは先ほどのような、野良として生きることを否定するものではなかった。

 野良犬さん。あなたは野良としての誇りを持っているからこそ、私の考えに苦言を呈し、リスクを承知でほえたんですね。まだ早朝で人が少ないとはいえ、誰かに通報されたらあなたの野良としての生活は終わってしまいます。それでもあなたは、コンパニオンアニマルとして生きるのが最適だという私の意見に異を唱えたかった。そんなふうに生きるくらいなら、今ここで捕まって殺処分の憂き目にあっても構わない、それくらいの覚悟で。
 そうです。私は恐らく思い違いをしていたんです。ぬくぬくと人に飼われて生きるより、誇り高い孤高や不自由な自由を選んだっていいんです。あなたはプライドを持って自分の生き方を貫いている、それはとても素晴らしいことだと思います。

 犬はほえずに、いつの間にかジャングルジムの付近へと移動していた。そこでもやはりくんくんと地面の匂いをかいでいる。
 コーヒーを飲み終え、サンドイッチもほとんど食べ終えた私は、それらを手早く袋にまとめコートのポケットに入れて立ち上がる。そして、最後の作業だとばかりに白い犬の目前にサンドイッチの端っこのパン切れを放り投げた。
 犬はしばらく警戒してその匂いをしきりにかいでいたが、やがてばくりと食らいつき、がつがつとそしゃくして飲み込んだ。
 野良犬にえさをやるのはよくないって? 違う。あれは断じてえさなんかじゃない。

 大切なことを教えてもらった、授業料だよ。


作品名:空墓所から 作家名:六色塔