空墓所から
最期に、こんなことをしでかした理由についても記しておこうと思う。
俺は、もともとこの島が大嫌いだった。この島に心底うんざりしていたんだ。3人兄弟の末子としてこの島に生を受けたはいいが、父と母は長男と長女を溺愛するばかりだった。俺は幼少期から、父母に何かを買ってもらったようなことはもちろん、褒められたり温かい言葉を掛けてもらった記憶すらなかった。それどころか、俺は一家の使用人のような扱いを受けていた。学校に上がる前から家庭のことをほとんどやらされ、ちょっとでも何かを間違えれば平手やげんこつが飛んでくる。そんな生活の繰り返しだった。しかも、どうやら海に囲まれたこの狭い世界ではそれが常識だったらしく、島内の大人たちも見て見ぬふりを決め込んだ。いや、それだけならまだいい。それ以上の嫌がらせをしてきたんだ。家族の言いつけで、この島の船着き場近くにあるよろず屋に急ぎ買い物に走る俺に、わざと足をかけてよく転ばせていたのが、件の居酒屋のおやじだった。
小学校に上がっても状況は何も変わらなかった。いや、それどころかもっとひどくなった。家の奴らは俺が学校に通いだしても、変わらず使用人の仕事を言いつけてきた。遊ぶ時間どころか宿題すらする余裕がなかった俺は、教師にも級友にも目をつけられ嫌われ始める。そういった状況でおっ始まるもの、といえばもうお分かりだろう。いじめ。なんせ、イヌやサル、魚類だってやっているんだ。6人+教師という少人数の中にそんなはぐれものがいれば、それが起こるのは必然だ。しかも運の悪いことにここは人の少ない離島。それはすなわち、中学を出るまでクラスが変わらないということを意味する。俺は校舎の中でも使用人だった。いや、こちらでは使用人以下だった。家族が手を上げるのは使用人としての業務をミスったときだけだが、あいつらは気分次第で何でもやってくる。直接的な暴言や暴力、靴や体操着などを隠したりといった嫌がらせ。金品を奪う、無視。たちが悪いのは、これらの被害を俺が誰かに訴え出ようとしても、級長の大橋がうまいことその外面の良さで丸め込んでしまったことだ。おかげで俺は小中の9年間、安息など知らぬ日々を過ごすしかなかった。
その9年間、いや、この島で生きてきた15年という懲役を終え、本土で寮のある仕事に内定が決まったときから、俺はもうこの島の奴らをぶっ殺すことしか頭になかった。だから、勤め先で身を粉にして働き(島にいた頃に比べれば、そこは天国だった)、あいつらをぶちのめす一心で金を蓄え、武器をそろえてきた、というわけだ。
さて、俺はこの島の船着き場に26の死体を並べて、この半ば遺書のような文を認めている。遺書という言葉の通り、島民への処刑を終えた俺は自分の首を切り落とすという最後の仕事を刀に託して、この世を去るつもりだ。
ただ……。
誰もが気づいていると思うが、人間とは愚かなものだ。こんな血なまぐさい報復をやらかして世を去るだけの俺にも、承認欲求という誰しもがもち得る面倒くさいものがあるらしい。それが今際の際になってムクムク頭をもたげてきてしまった。
この大量殺人を、誰かに見せびらかしたい。
犯罪自体は比較的早く露見するだろう。離島とはいえ定期的に船は行き来しているのだから。でも、船員がこの26+1の死体をただ発見するだけでは、どうも物足りない。何か、もう少しここに何かを加えたい。
死体の周りを歩きながら考える。そのときふと、俺はこれらの死体の首をはねてみようと思いついた。
試しに日本刀で近くにあった母の首を切り落とす。ころんと大地に転がったそれは、うつろな目で俺をにらんでいた。
「この首。これを誰かに見せびらかしたいなあ……」
しばらく母とにらみ合いながら考えていると、いい方法を思いつく。俺は件の船着き場近くのよろず屋に行き、銃床で入り口のガラスを割って入り込む。そして何かのイベントにでも使うつもりだったのだろう、そこから大量の風船とヘリウムガスを持ち出した。
俺は全ての遺体の首を切り落とし、手始めにまず佐藤の首に風船のひもを何個も括りつける。そして一つづつ風船にヘリウムガスを注入していく。
かなりの数の風船にヘリウムを注入したところで、ようやく風船の浮力が首よりも大きくなる。その結果、佐藤の首はふわりと宙に浮き、風にまかせて島を飛び立っていく。
俺は次の首にも風船を括りつける。どす黒い血がこびりついたそれも佐藤と同様、やがて空へと舞い上がる。26個の頭部は赤い血を点々と海原に滴らせながら、気流に乗ってどこまでもどこまでも空を飛んでいった。
恨みがましい目で見つめてくる26個の首全て。それらを俺は見えなくなるまで見送った。そして、一人になった忌まわしき呪いの島で、自分の頭にこれまた十分な数の風船がくくりつけてあることを確認してから静かに目を閉じ、渾身の力で刀を首に差し込んだ。