蘇生の成功術
「自分の顔って、何か鏡のような媒体を使わないと見ることのできないものじゃないか。だから、人の顔のように、しょっちゅう見ているものではないから、おぼろげにしか自分の顔というのを意識していない。そんな時、自分と同じ遺伝子を持っている人間が目の前にいると、目の前の遺伝子の力なのだろうけど、自分の顔が目の前にいる人だと勘違いしてしまう。一種の逆の発想なんだけどね。優先順位は、同じ顔だという前提なんだということなんだね」
と責任者は言った。
普段であれば、担当者も、
「そんなことってあるんですか?」
と聞きなおすことだろう。
それは、この担当者に限ったことではなく、他の人であっても同じではないかと思うのだ。それを思うと、担当者も責任者が何を考えているのかまでは分からないが、その気持ちに近づいて行っているように自分で感じていることであろう。
「その引き合った二人は、一足す一が二ではなく、三でも四でもあるようなそんな力を秘めているとすればすごいんですけどね」
と担当者がいうと、
「それはそうだと思う。私もそうではないかと思うのだが、まだそこまでは分からない。しかも、もし力を秘めているとして、それが人間にとって禍をもたらすものであれば、本末転倒だからね。それこそ、フランケンシュタイン症候群のようなものではないだろうか?」
と責任者は言った。
「これは、将来においての、課題のようなものでしょうか?」
と担当者がいうと、
「そうだね。でも、この問題には大きな分岐点があると思う。それを間違えてしまえば、失敗してしまうだろうね。だけど、これは宿命のようなものなんだけど、最初に開発を焦った方が、失敗の可能性が強い。そういう意味では、その結果を踏まえて再検討すると、今度は成功するのではないかと思うんだ。それだけ、この問題にはリスクがある。しかも、そのリスクは人間としての宿命が作り上げるもので、人間のため、つまりは人間の利益のためという当たり前の開発理念で考えると、失敗しやすいということなんだろうね。だから君もそのことを頭に描いて、今後の研究に生かしていけばいいと思うんだ」
と責任者は言った。
「じゃあ、先生はここでこの件からは引退するということですか?」
と担当者が聞くと、
「ああ、一旦ね」
と言って、責任者は含み笑いを浮かべた。
この一幕というのは、実は今から数十年前の、河合教授と、山沖研究員の会話だったのだ。
山沖教授は今まで忘れていたわけではないが、それほど信憑性の深いものだと思わずに、記憶の片隅くらいに置いていたものだったが、今回の研究で、他の組織が失敗したということを聞いて、この会話を思い出していた。
そして、山沖教授の考えていることが、あまりにもバカげているかのようで、自分でもビックリしているのだった。
再度、山沖教授の頭が研究員の頃に戻っている。
「ドッペルゲンガーというものがあるのを知っているよね?」
という河合教授に対して、
「ええ、知っていますよ。自分と同じ人間が同じ時間、同じ次元に存在しているというものですよね?」
と山沖がいうと、
「そうだ。そしてそのドッペルゲンガーというのは、その人の行動範囲以外には現れないし、喋ることもしない。そして、何よりも、そのドッペルゲンガーを見ると、近いうちに死んでしまうという都市伝説のようなものがあるんだよね」
「ええ、その話も聞いています。でも、そんな都市伝説を教授が話すというのはどういうことなんですか?」
「これは都市伝説なんかじゃないんだ。人間が人間であるがゆえに起こる、一種の自然現象なんだと私は思っている。人間というのは、先ほどから何度も出てきているように、遺伝子というものを持っていて。その遺伝子にはいくつもの万能な力が秘められている。その力をいかに発揮するかということが、人類の将来において、大切なことなんだよ。人間社会というのは、時間とともに発達していっているけど、実際には。時間とともに、滅亡への危険も深まっているんだ。後ろから波が追ってくるので、人間は発展という先を開拓していかなければ、いずれ追いつかれて滅亡してしまう。だから休んでいる暇はないんだ。その例として、人間は発達するために、自然破壊を繰り返している。その自然破壊が始まった時点で、人間は発展することを使命とされた。そうでなければ、後ろから追いまくられて波に飲み込まれてしまうというわけだよ。一種の自転車操業のようなものさ。だから、いずれは、その自転車操業から脱却しなければいけない。その力を秘めているのも遺伝子ではないかと思うんだ。そういう意味で、遺伝子は万能なのだが、一歩間違えると、人類の破滅を加速させることになるが、自転車操業からの脱却も遺伝子に頼らなければいけない。そういう意味での諸刃の剣というところではないかな?」
と教授は言っていた。
さらに教授は。
「ひょっとすると、そのために、私はその捨て駒になるかも知れない。その時のために、君にはしっかりと、ここで私の遺志をついでもらいたいんだ。これは、一種の遺言のようなものだと思ってくれ」
と、言った。
「教授、まさか引退されるということですか?」
と山沖が聞くと、
「ああ、そうだ。本当であれば、少し早いのだが、私は教授としての立場ではなく、他の立ち位置に立って、自分なりに見ていることを選びたい。だから後は君たちに任せたいんだ」
と教授は言う。
それから教授は本当に引退して、一時期、山奥の温泉に籠って、療養していた。そのうちに、行方不明になったというが、行方は依然として知れなかった。
だが、今回の研究で失敗をした組織があると聞いたが、山沖教授の頭を最初によぎったのは、
「河合教授」
という人物だった。
それは、あの時のセリフの中にあった、
「捨て駒」
という言葉が思い出されたからだった。
山沖はあの時の話を思い出して、教授が数十年越しにまた自分の前に現れて、
「これで、後は君に、自転車操業脱却へのバトンタッチがやっとできるような気がするんだ。あとはしっかりと頼む」
という遺言が達成された気がして仕方がなかった。
山沖教授は心の中で、
「河合教授、ありがとうございました。後は我々に任せて、ゆっくりと、お休みください」
と言って手を合わせた。
そこには、頭の中で、
「これが、唯一の蘇生の成功例ということで終わらせないようにしないと」
と感じている山沖教授の目論見があったのだった……。
( 完 )
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